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ジャン・ジャック・ルソーの名言109件

ある人の生き方が非合理だといって反対するのは手前勝手なでしゃばりではあるまいか。なぜなら、そのように言うことは、その人の信念確定の方法が自分のそれとは違う、ということを言っていることにすぎないからだ。
「生きること」は、単に呼吸をすることではなく、「活動する」ことである。それは我々の全器官を、感覚を、機能を利用すること、つまり、我々に「生きている」という感覚を与える肉体のあらゆる部分を利用することである。
自由を放棄することは、人間としての資格を放棄することである。人間としての権利を放棄することである。すべてを放棄する人にとっては、いかなる補償もありえない。
我々は生まれると競技場に入り、死ぬとそこを去る。その競技用の車をいっそううまく操るすべを学んだとて何になろう。いまとなっては、ただどんなふうに退場したらよいかを考えればよいのだ。
人は、実際の恋愛対象よりも、自分で心に描き出した相手の像の方を一層愛する。人がその愛する者を正確にあるがままに見るならば、もはや地上に恋は無くなるだろう。
イギリスの人民は(自分たちは)自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう。
方便の嘘とは、正真正銘の嘘である。というのは、他人とか、あるいは自分の利益のために人を欺くことは、自分の利益を犠牲にしてまで欺くのと同じく、不正だからである。
十歳では菓子に、二十歳では恋人に、三十歳では快楽に、四十歳では野心に、五十歳では貪欲に動かされる。人間はいつになったら、英知のみを追うようになるのだろうか。
エミール、幸福にならなければならない。これはあらゆる感覚を持つ存在の目的なのだ。これは自然が私達に感じさせる基本的な欲求であり、決して私達になくならない唯一つの欲求でもある。
幸福は何処にあるのか、誰がそれを知っているのか。皆それを求めているのだが、それは誰にも見つからない。人々は一生を費やして幸福を追っかけまわしているのだが、それを捕まえることもなく死んでいく。
人間は自然のままならば善である。社会組織によってのみ邪悪にさせられる。
なんと速やかに我々はこの地上を過ぎてゆくことだろう。人生は短い。
ある人民の制度を作り出そうと企てるほどの人間は、いわば人間の本性を変えることができるという確信のもとに、事に当たるべきである。
自然に帰れ
過ちを犯すことは恥ずべきことではない。むしろその過ちがわかった後も、その過ちを改めようとしないで、繰り返すのは恥ずかしいことだ。
最大の災害は自ら招くものである。
良心は魂の声であり、情熱は肉体の声である。
人間が生きている間、決して消え失せることのない唯一の情欲は自愛である。
学問とはわずかな時の間に、数百千年の人類の経験を受け取ることである。
女よ!人類をかく乱する暴風を起こすのは汝である。
自然と美徳は、社会や財産の産物である学問と芸術によって害される。
女性が男性を自由にするということは、それ自体は害悪ではない。これは女性が人類の幸福の為に自然から享(う)けた賜物である。
不運は確かに偉大な教師だが、その授業料は高く、それから得た利益は、しばしばそれに費やした費用に匹敵しない。
文明人は奴隷状態において生まれ、生活し、死ぬ。
自愛こそ愛すべきものである。
アクセントは会話の生命である。アクセントは会話に感性と真実を与える。
恋する男にとっては、相手がどんな身なりをしていても、そんなことはどうでもいい。相手も彼のことを考えていることがわかればいいのだ。
無知は決して悪を生まない。危険な罪悪を生むのはただ誤謬の懸念である。
人間をつくるのが理性であるとすれば、人間を導くのは感情である。
他人を愛せよ。そうすれば彼らもまた、あなたがたを愛するだろう。彼らの役にたて、そうすれば彼らもあなたがたの役にたつであろう。
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『ジャン=ジャック・ルソー』より : ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712年6月28日 - 1778年7月2日)は、フランスの哲学者・政治哲学 政治思想家・教育思想家・作家。単なる純理論にとどまらない多感さを反映した著作は広く読まれ、フランス革命にも多大な精神的影響を及ぼした。 スイスのジュネーブに生まれる。牧師の娘であった母は誕生時に死亡。父は時計職人。10歳の時に父が家出し母方の親戚に育てられる。 16歳にジュネーブを離れ、ヴァラン男爵夫人に庇護されながら、さまざまな教育を受けた。この時期については晩年、生涯でもっとも幸福な時期として回想している。夫人と別れたのち、1740年~41年にかけてリヨンのマブリ家(哲学者マブリ師、コンディヤック師の実兄の家)に滞在、マブリ家の家庭教師を務める。この職を辞した後、1742年、シャンベリー経由でパリに来住し、カフェでドゥニ・ディドロ ディドロらと知り合う。これがきっかけで後の一時期、『百科全書』に原稿を執筆している。
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