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小倉昌男の名言71件

なんでだろうから、仕事は始まる
時代の風を読む
考えて、考えて、考え抜く。でも、わからないことがある。その場合はやってみることである。やってみればわかる。やらなければわからない。これは私の信条である。
(起業家を目指す若者へ向けての言葉)まず、志を高く持ちなさいということを言いたい。正直、志の低い人はダメです。また人間的にも優れていないといけない。人格・品格の無い人に起業は無理です。限りのある短い人生なんだから、品格高く志高く生きて欲しいですね。成功するしないは、たいしたことではありません。成功して得られるお金なんて儚いものです。それよりも、成功するために必死に勉強したり、努力したりすることの方が大事です。ですから、若い人は高い志を持って、一生懸命努力してほしい。
毎日が日曜日だと苦痛でしょう。人間には働きたいという基本的欲望があります。お金も欲しいけど、働くことによって自分の創造性が発揮できるんです。生きがいは、やはり働く場でしか達成できません。
資材が無いというのは言い訳に過ぎない。無いなら探してくればいいということです。これは起業に関しても同じですね。資材があれば会社を興せるというわけではない。設備なんかなくても、それを作ればいいわけですから。要は、やる気が大切なんです。
本来の性分と異なる役柄を演じるには、それなりのテクニックが必要だ。テクニックと言っても要は心がけの問題だ。思い切って斬ることだ。相手のまたぐらに足を踏み込んで斬りかかれば、たいがい相手のほうが倒れている
どこかに「理想の相手」がいるわけではない。現実の出会いの中で、その相手を好きになるかどうかだ
監督官庁とよく喧嘩ができますね、といわれるが、父から江戸っ子の町人気質を受け継いだせいでしょう。「二本差しが怖くておでんが食えるか」という、侍への反発心です。
二本差しとは腰に大小の刀を差している人=侍のこと
トップが自分たちの働いている現場に姿を見せると、それだけで社員の士気が高まる面もある。トップがどこか遠いところにいるよりも、身近なところにいるように感じられたほうが、同じ組織の一員としての一体感が生まれるのは当然だろう。現場を訪れればこちらの人間性や考えを伝えるだけでなく、社員たちが考えていることや業務の実態などもしることができる。現場というのは行けば必ず何かを教えてくれるものなのである。
社長業というのはおもしろいどころか、ストレスの塊のようなものだ。年がら年中、思い責任を背中に感じながら身の引き締まる思いですごしていると、どんどん気持ちが鬱屈してくる。それを発散させる場所や機会が社長には少ない。組織と言うものは不思議で、たちが場上に行くほどストレス発散の機会が減るものだ。
会社を経営するのに適齢期と言うものがあるとは思わない。だが経営の仕事を一人前にこなそうと思ったら、それなりの人生経験が求められるのは間違いないだろう。今の時代は20代30代でベンチャー企業の経営に乗り出す若い人も多いが、旺盛なチャレンジ精神は素晴らしいことだと思うものの、いささか心配になることがある。若い世代の人間ほど経験の価値を過小評価し、情報や知識があれば何でもできると思っている節があるからだ。
富の再分配という救いの手を差しのべられている割には、ゆとりのある暮らしをしている人間がいる。みんながみんなそうだとは言わないが、たとえば公的な補助金を受け、税金もあまり払っていないと思われる農家のガレージに自家用車が二台も三台も並んでいたりすれば釈然としないのも当然だろう。公営住宅でも年収の上限があってお金持ちは住めないことになっているにもかかわらず羽振りよさげに高級な外車を乗り回している人間が居座って出て行こうとしないといったことが良くあるらしい。弱者を保護する社会の仕組みを逆手にとってうまい汁を吸っている人間が大勢いるわけだ。
本当は税金を納める能力があるにもかかわらず収入をごまかしたり、補助金をもらって普通の人よりも贅沢な暮しをしていたりする人間は「タックス・イーター」と呼んでいい。他人が苦労して払った税金を食って、自分だけ楽をしているのだ。これは本来、国民の一人として恥ずべきことだろう。ところが、大半のタックス・イーターは悪知恵を絞って楽な生活を手に入れている自分を、他人よりも賢いと思っている。
やりたいことが見つからないと言う若者は、どこかに必ず自分にぴったりあった仕事があって、いつかそれに出会えるはずだと言う錯覚を持っているような気がしてならない。それは順番が逆だ。どこかに好きな仕事があるのではなく、目の前にある仕事を好きになれるかどうかが大事なのではないだろうか。
部下に仕事を任せるのは非常に勇気のいることだ。安心して任せることのできる右腕的な部下がいればいいが、現実はそう甘くない。どの部下も頼りなく見えてしまい、つい自分ですべてをやってしまいたくなる人が大半だと思う。だが、それをやっていると、いつまでたっても部下は自分で考えるようにならない。気がつくと決められたことを黙々とこなすだけの人間ばかりが現場で働いていることになってしまう。
好奇心のない人間は新しいものを生むことができないし、自分を成長させることもできない。当然、仕事も面白くはならないだろう。逆に、旺盛な好奇心を持ち、自分の頭で考えられる人間は、退屈な仕事を与えられても、それ自体をなんでだろうの対象にできる。決められたマニュアルがあるなら、その仕事にそのマニュアルが用意されている理由をなんでだろうと考えることができるわけだ。
人件費を減らせば業績が上向くかというと、そんなこともないから厄介だ。経費を節減した以上に売上が落ちてしまうのである。このあたりが、悪い循環の恐ろしいところだ。
いまは効果を上げているように見えるアメリカ式のリストラも、本当に日本に合ったやり方かどうかは、はなはだ疑問だ。ひたすら効率を求めて大胆な人員削減を行えば、とりあえず数字は良くなるだろう。しかし長い目で見た場合、その手法で日本の流れが良くなるとは私には思えない。企業が悪い循環に入っている時というのは、目先の損得だけを考えていると失敗することが多い。目の前の問題を解決したからといって、将来へ向けた流れが良くなるとは限らないからだ。
書類の上で経営者になれたからといって、それだけで経営者ができるかと言うものではない。経営とは、生身の人間と付き合う仕事だからだ。インターネットで誰でも膨大な量の情報を手に入れることができるし、企業経営のノウハウを教えるマニュアル本や雑誌なども山のように出ている。だから、余計に情報や知識の価値を過大評価してしまうのだと思う。
私は従業員と言う言葉があまり好きではない。会社が雇っている人々のことは、必ず社員と呼ぶことにしている。それほど深い意味があって使い分けているわけではないが、従業員の「従」という語感がどうも好きになれないのだ。社長が社員を従業員と呼べば、それは相手を会社の業務に従う者としか認識していないと言うことにもなる。そういうことでは、彼らの人生に対して担っている責任を自覚できないではないだろうか。
偉い経営者とはどういう人のことを言うのだろうか。会社を急成長させた人、新しいビジネスを創造した人など、世間的に偉いと思われている経営者は大勢いる。しかし私がこれまで付き合ってきた経営者の中に、本当の意味で人間的に偉いなぁと思える人はそれほど多くなかった。
働いている人間は、必ず自分の仕事に対する評価を求める。自分自身でよくやったと思えたとしても、それだけで満足できる人はまずいない。いい仕事をしたという手ごたえがあるときほど、他人にもいい仕事をしたと認められたいのだ。評価の程度や内容は仕事によってさまざまだが、それが次の仕事への意欲につながると言う点ではなんら違いはない。その評価が収入の増減に結びつくとなれば、なおさら本人にとって大問題だ。
社長も社長と言う役柄を演じなければ責任を果たせない。ケンカっ早い人間になる必要はないかもしれないが、強気に出るべきところは強気に押し、戦うべきところで戦わなければ、会社の理念を実現することはできないのである。本来の性分と異なる役柄を演じるには、それなりのテクニックが必要だ。テクニックと言っても要は心がけの問題だ。思い切って斬ることだ。相手のまたぐらに足を踏み込んで斬りかかれば、たいがい相手のほうが倒れている。
事業のアイデアがどんなに素晴らしいものだったとしても、それは一人で実現できるものではないはずだ。もちろん経営者には企画力のようなものが必要だが、それと同時に、人を動かす術を持ち合わせていなければ、自分の企画を形にすることはできない。当たり前の話だが、情報収集力に長けた若い人は往々にして頭でっかちになってしまい、その当たり前のことを忘れがちなのではないだろうか。
経営者にとって、周囲の人間というのは極めて貴重な情報源である。そして意思決定の際に参考にする情報には、いいものも悪いものもなければいけない。ポジティブな要素とネガティブな要素を総合して、何かベターかを決めるのが、論理的な思考というものだ。ネガティブな要素があることを知らずに意思決定を行えば、まず間違いなく会社は悪い循環に突入していくだろう。
長い不況の七で、グローバルスタンダードという言葉は、日本社会の悪い流れを好転させる切り札のごとく使われてきた。もういままでのような日本のやり方ではグローバルな競争社会の中で生き残ることができない、というわけだ。しかし、本当にそうだろうか。たしかに現在のビジネス環境はグローバル化しているが、だからといって何でもかんでもアメリカのスタイルを取り入れればいいというものではないだろう。日本とアメリカとでは、前提となる社会構造が異なるからだ。
長期的な視野で企業にいい循環をもたらそうと思ったら、大切なのは細かいことの積み重ねだ。今は悪くなっている企業も、そうなる前にはいい循環が起きていたはずで、それは一朝一夕に作られたものではない。多くの先輩たちが、地道にコツコツと日常的な作業を積み重ねてきたことが、いい循環の土壌になっている。それを取り戻すための近道はない。同じように、細かいことを一つ一つ積み上げていくしかない。企業活動の循環は山登りにも似ていると言えるだろう。
自分に合った理想の仕事を探すのではなく、目の前にある仕事に惚れることが大事だ。最初は意に染まないと思っていた仕事でも、やっているうちにおもしろくなるということはいくらでもある。与えられた仕事に惚れようと思ったら、まずはその仕事と社会との接点に目を向けてみるのも一つの方法だと思う。
リーダーが考えるべきは部下に仕事を任せることだろうと私は思う。全体的な方針や仕事の大枠はリーダーが決めたとしても、具体的な仕事の進め方は部下に任せる。ここはお前に任せると言われれば、誰だって自分で考えようとするだろう。「仕事を任される」と「自分の頭で考える」は表裏一体の関係にある。マニュアル人間が自分で何も考えようとしないのは、何一つ任されていないからだ。
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小倉 昌男(おぐら まさお、1924年12月13日 - 2005年6月30日)は、日本の実業家。東京都出身。ヤマト運輸の『宅急便』サービスの生みの親である。 1947年、東京大学経済学部卒業。1948年、父・小倉康臣が経営する大和運輸(現・ヤマトホールディングス)に入社。1971年、康臣の後を継いで社長に就任した。 クリスチャン。長らく救世軍に所属していたが、晩年は「夫婦一緒の教会が良い。妻に転会の意思が無いので自分が合わせる」と、妻の所属していたカトリック教会 カトリックに移籍。 1976年、オイルショック後に低迷していた大和運輸の業績回復のため、『宅急便』の名称で民間初の個人向け小口貨物配送サービスを始めた。サービス開始当時は関東地方のみだったが、その後、配送網を全国に拡大し、ヤマト運輸が中小の会社から売上高一兆円の大手運輸会社に発展する基礎を築く。1987年、会長に就任。
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