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石川啄木の名言127件

「趣味の相違だから仕方がない」とは人のよく言うところであるが、それは「言ったとてお前には解りそうにないからもう言わぬ」という意味でない限り、卑劣極まった言い方と言わねばならぬ。
われは知る、テロリストのかなしき心を――言葉とおこなひとを分ちがたきただひとつの心を、奪はれたる言葉のかはりにおこなひをもて語らむとする心を、われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。
同志よ、われの無言をとがむることなかれ。われは議論すること能(あた)はず、されど、われには何時にても起たつことを得る準備あり。
気弱(きよわ)なる斥候(せきこう)のごとくおそれつつ深夜の街を一人散歩す
ゆゑもなく憎みし友といつしかに親しくなりて秋の暮れゆく
白き蓮(はす)沼に咲くごとくかなしみが酔ひのあひだにはっきりと浮く
かの旅の夜汽車の窓におもひたる我がゆくすゑのかなしかりしかな
汽車の旅とある野中(のなか)の停車場の夏草の香(か)のなつかしかりき
ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬこころ傷(いた)みてたへがたき日に
こころよく春のねむりをむさぼれる目にやはらかき庭の草かな
旅七日(なのか)かへり来(き)ぬればわが窓の赤きインクの染(し)みもなつかし
新しき本を買ひ来て読む夜半(よは)のそのたのしさも長くわすれぬ
さびしきは色にしたしまぬ目のゆゑと赤き花など買はせけるかな
いつしかに情(じやう)をいつはること知りぬ髭(ひげ)を立てしもその頃なりけむ
わかれ来(き)て年を重ねて年ごとに恋しくなれる君にしあるかな
いそがしき生活(くらし)のなかの時折(ときおり)のこの物おもひ誰(たれ)のためぞも
君に似し姿を街に見る時のこころ躍りをあはれと思へ
山の子の山を思ふがごとくにもかなしき時は君を思へり
かの時に言ひそびれたる大切の言葉は今も胸にのこれど
さりげなく言ひし言葉はさりげなく君も聴きつらむそれだけのこと
よごれたる足袋(たび)穿(は)く時の気味わるき思ひに似たる思出(おもひで)もあり
よりそひて深夜の雪の中に立つ女の右手(めて)のあたたかさかな
寂寞(せきばく)を敵とし友とし雪のなかに長き一生を送る人もあり
わが去れる後(のち)の噂(うはさ)をおもひやる旅出(たびで)はかなし死ににゆくごと
敵として憎みし友とやや長く手をば握(にぎ)りきわかれといふに
治(をさ)まれる世の事(こと)無さに飽きたりといひし頃こそかなしかりけれ
あらそひていたく憎みて別れたる友をなつかしく思ふ日も来(き)ぬ
殴(なぐ)らむといふに殴れとつめよせし昔の我のいとほしきかな
負けたるも我にてありきあらそひの因(もと)も我なりしと今は思へり
世わたりの拙(つたな)きことをひそかにも誇(ほこり)としたる我にやはあらぬ
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石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年(明治19年)2月20日 - 1912年(明治45年)4月13日)は明治時代の歌人・詩人・評論家。本名は、石川 一(はじめ)。 岩手県南岩手郡日戸村(現在の盛岡市玉山区日戸)の曹洞宗日照山常光寺の住職であった石川一禎の長子として生まれる(戸籍によると1886年2月20日の誕生であるが、1885年(明治18年)10月28日に誕生したとも言われている)。母の名はカツ。 1887年(明治20年)3月に、父が渋民村(現在の盛岡市玉山区渋民)にある宝徳寺 (盛岡市) 宝徳寺住職に転任したのにともなって一家で渋民村へ移住する。 渋民尋常小学校、盛岡高等小学校、岩手県盛岡尋常中学校(啄木入学の翌年、岩手県盛岡中学と改名、現岩手県立盛岡第一高等学校 盛岡一高)で学び、小学校からは盛岡市内に居住する。
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