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キルケゴールの名言106件

世間では、愛は人間と人間との間の関係であるというが、キリスト教の教えによれば、愛は人間と神との間の関係であるという。というのは、神が愛の媒介であるからである。
女性は自然の規定に完全に従属しており、したがって美的な意味において自由である。男性が女性に求婚するに際して、自由を与えるという言葉を使うのは、このためである。
なるほどぼくは人生の主人ではなく、人生の織物のなかに織り込まれるべき一本の糸にすぎない。それでよろしい。ぼくは織ることはできないにしても、糸を切ることはできるのだ。
さあ、サイコロは投げられた。私はルビコン河を渡るのだ。この道は私を戦いに導くだろう。だが私はたじろぎはしない。私は私の手で見出した「この道」を駆け抜けて進むのだ。
私に欠けているものは、私は何をなすべきかということについて、私自身に決心がつかないでいることなのだ。つまり、私自身の使命が何であるかを理解することこそが問題なのだ。
女の身を滅ぼすかの流行という病にとりつかれて、無我夢中になっている、みじめにもあどけない女たちの姿を、一幅の絵にしてごらんなさい。そしてまた、女が無意識に示す女性特有の羞恥を含んだ姿を一幅の絵にしてごらんなさい。おそらく、一目で女というものをすっかり理解なさることができましょう。
彼の愛は心理的ではなく、感性的であって、感性的な愛は、その概念にしたがって貞節ではなく、絶対的に不貞であり、一人の女を愛さずすべての女を愛する。すなわちすべての女を誘惑するのである。
この世のこっけいなものの中で一番こっけいに思えるのは、物事を急ぐ人、どんなに急いで食べても、どんなに急いで仕事をしても急ぎ足りない人である。──それで何を成し遂げるのだろう、永遠に慌てふためくこの人たちは?彼らは、火事になった我が家からろうばいして火箸を救い出す女のようなものではないのか?
何よりも、歩きたいという欲望を捨ててはいけない。日々、私は歩くことで健康を保ち、あらゆる病から歩み去る。歩くことで最高の思考も経験した。また歩くことで逃れられないほどやっかいな考え事を、私は知らない。
偉大な人と対面した経験があるということに最高の価値をおく人が、なんとたくさんいることだろう。彼らはその時の印象を決して忘れない。彼らの眼前に漂い続けるその理想像が、彼らの全存在を高貴にするのである。
選択の瞬間、自我はおのれ自身を選ぶ──あるいはむしろ、おのれ自身に委ねられるがままにするのである。その時、個性は、いつまでもおのれを高貴にしてくれる儀式を受けるのである。(要約)
退屈は悪の根源であって、遠ざけねばならないものである。無為は悪ではない。それどころか、無為のセンスを持たぬということは、誰の場合でも、いまだ人間性にまで高められていないことの証左である、とさえ言うことができる。
我々が恋愛について話し始めるや否や、ただちに第一の問題が出て来る。すなわち、人は何を愛するかという問題である。これに対して人がなし得る唯一の答えは、人は愛されるにふさわしきものを愛す、ということである。
我々が、自分の得ようとするものに達するには、まずその反対のものを経なければならないということは、我々人間の不完全さの一つである。──我々は善悪を通して、初めて至福を目にするのである。
女であることはなんと不幸なことか!しかも女でありながら、自分が女の一人であることを本当に知らないのは、いっそう手ひどく不幸なことだ。
君が君自身を重んじることができなければ、誰か君を重んじることのできる人を見つけることも、ほとんどないであろう。
愛とは、愛の意図や動機を絶えることなく吟味することだ。
私の生活を変えるのは、私の行為である。
人間の未来は、その自由な選択に依存する故に予測不可能である。
人間は、自由であり、自由であるが故(ゆえ)に不安である。
人間は思考し、観想する存在であると共に、選択する存在である。
人間は、各個が唯一者であって、形而上学的にも科学的にも、その用語によっては、説明され得ない。
審美的な選択は、全く間接的であり、その限りにおいて選択というべきものにはならないか、あるいは、多様な可能性の中に埋没するか、そのどちらかである。
絶対的な二者択一は一つしかない。すなわち善悪の選択であって、これはまた絶対的に倫理的でもある。
比較的厳密な意味で二者択一が問題となる場合には、どんな時であろうと、そこには必ず倫理的なものも関係している。
私は二つの顔を持つヤヌスだ。一面の顔で笑い、一面の顔で泣いている。
奇妙な奴だ、人間とは!自分が持っている自由は決して使わずに、いつも、自分の持っていない自由を望む。思想の自由を持ち、言論の自由を求めるのもそれだ。
真の信仰の騎士は常に絶対孤立であり、本物でない信仰の騎士は宗派的である。
信仰はまさに思惟(しい)の終わるところから始まる。
蛇に咬(か)まれた者がどんな苦しみを受けねばならないかは、自ら蛇に咬まれたことのある者しかわからない。
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『セーレン・キェルケゴール』より : セーレン・オービエ・キェルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard, 1813年5月5日 - 1855年11月11日)はデンマークの哲学者であり、今日では一般に実存主義の創始者、またはその先駆けと評価されている。キェルケゴールは当時とても影響力が強かったゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル ヘーゲル哲学あるいは青年ヘーゲル派、また(彼から見て)内容を伴わず形式ばかりにこだわる当時のデンマーク教会に対する痛烈な批判者であった。 キェルケゴールの初期の著作の多くは様々な仮名を使って書かれている。また、ある仮名の著者が、それ以前に書かれた作品の(これまた)仮名の著者に対してコメントすることもしばしばあった(最も顕著なのは『哲学的断片への結びとしての後書き』だろう)。もちろん全ての著作はキェルケゴールによって書かれたわけだが、その様々な仮名使用のために彼の著作は一貫した解釈が難しいことがある。キルケゴールはその傍らで本名での著作も発表しており、彼自身は再三、偽名の著者達と自分を取り違えないで欲しい、と主張していた。こちらは現在まであまり読まれていない。
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