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萩原朔太郎の名言58件

原始以来、神は幾億万人いう人間を造った。けれども全く同じ顔の人間を、決して二人とは造りはしなかった。人は誰でも単位で生まれて、永久に単位で死ななければならない。
人はすくなくとも、3人の配偶(つま)を持たねばならぬ。一人は性欲の対象として。一人は家事の家政婦として。一人は優しげに、雨のうるおいをあたえる女性として。
人々は求婚から、人生の避けがたく妥協的で、好(よ)い加減のところであきらめる外(ほか)、満足のないという事実を知る。彼等はそれから卑屈になり、高邁の理想を捨ててしまう。
生命は流れてゐる。
一般に人が酒をのむ目的は、心地のよい酩酊に入って忘我の恍惚を楽しむにある。ところがある種の酒飲みは、飲酒によって全く反対になる。
ああ婦人は窓にふる雨の点々、しめやかな音楽のめじろいのようなものだ。
人は新しく生きるために、絶えず告別せねばならない。すべての古き親しき知己から、環境から、思想から、習慣から。
女に於(お)ける嫉妬は愛の高雅な情操によるのでなく、実には猛獣の激情に類するところの、野蛮の本能によるのである。
想像力の消耗からも、人はその家庭を愛するようになってくる。
どんな真面目な仕事も、遊戯に熱している時ほどには、人を真面目にし得ない。
情欲は判断を暗くする。それの性急な要求がない時に、静かに熟考して妻を選べ!然るに人々は、生涯の最も悪い時期に結婚する。
敵への怒りは、劣弱者が優勢者に対する権力感情の発揚である。
我々の子供は、我々の中での原始人である。
詩とは感情の神経を掴んだものである。生きて働く心理学である。
詩は学問でもなく技芸でもない。詩は時々燃焼していく生命の記録、主観の思いあまった「訴え」に他ならない
人は一人一人ではいつも永久に永久に恐ろしい孤独である
全てのよい叙情詩には、理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴う
最も親しき友人というものは、常に兄弟のように退屈である。
愛をもとめる心は、悲しい長いつかれの後にきたる。それはなつかしい、おおきな海のような感情である。
詩は悦ばしいものであるけれど、詩を求める人生は幸福ではない。
おもうに人間の感情というものは、極めて単純であって、同時に極めて複雑したものである。極めて普遍性のものであって、同時に極めて個性的な特異なものである
「真面目になる」ということは、しばしば「憂鬱になる」ということの外の、何のいい意味でもありはしない。
ねえ、やさしい恋人よ私の惨めな運命をさすっておくれ。
全ての場合を通じて、恋愛は忍耐である。
酒は文明に対する一つの諷刺である。
崇高な不徳は讃美される。だが卑陋なけち臭い者共は、どんな事情に於ても許され得ない。
虚妄の正義-社会と文明
自由とは、自分が<自由である>と信ずるところの、一つの幻覚にすぎないのである。
虚妄の正義-社会と文明
教育は猿を人間にしない。ただ見かけの上で、人間によく似た様子をあたへる。猿が教育されればされるほど、益々滑稽なものに見えてくる。
虚妄の正義
最も親しき友人といふものは、常に兄弟のやうに退屈である。
虚妄の正義
父は永遠に悲壮である。
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萩原 朔太郎(はぎわら さくたろう、1886年(明治19年)11月1日 - 1942年(昭和17年)5月11日)は、大正・昭和期の詩人、作家。 群馬県東群馬郡北曲輪町(現:前橋市千代田町)に、開業医の父・密蔵と母・ケイの長子として生まれる。旧制県立前橋中学校(現・群馬県立前橋高等学校)の在学中に『野守』という回覧雑誌を編集して短歌を発表した。1907年第五高等学校 (旧制) 第五高等学校に入学し、翌年第六高等学校 (旧制) 第六高等学校に転校するが、中退。1910年・1911年の2度慶應義塾大学予科に入学するが、どちらも短期間で退学した。 1919年5月に上田稲子と結婚し、葉子と明子の2女をもうけるが、1929年6月に離婚。1938年4月、大谷美津子と再婚するが、1年余りで離婚した。昭和15年(1942年)「帰郷者」で透谷賞受賞。1942年に急性肺炎で死去。享年56。
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