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新渡戸稲造の名言集・格言集 42件

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氏名=新渡戸稲造 生年月日=1862年9月1日 生誕地=岩手県盛岡市 没年月日=1933年10月15日 死没地 カナダ・ヴィクトリア (カナダ) ビクトリア市 職業=農学者、教育者 配偶者= 新渡戸 稲造(にとべ いなぞう、1862年9月1日(文久2年8月8日 (旧暦) 8月8日) - 1933年(昭和8年)10月15日)は、農学者、教育者。国際連盟事務次長も務め、著書 ”Bushido: The Soul of Japan”(『武士道』)は、流麗な英文で書かれ、名著と言われている。日本銀行券のD五千円券の肖像としても知られる。拓殖大学名誉教授。キリスト者。 岩手県盛岡市に盛岡藩士で、藩主南部利剛の用人を勤めた 新渡戸十次郎の三男として生まれる。 祖父の新渡戸傳(つとう)は、幕末期に荒れ地だった南部盛岡藩の北部・三本木原(青森県十和田市付近)で灌漑用水路・稲生川(いなおいがわ)の掘削事業を成功させ、稲造の父・十次郎はそれを補佐し都市計画や産業開発も行った。この三本木原の総合開発事業は新渡戸家三代(稲造の祖父・傳、父・十次郎、長兄・七郎)に亘って行われ、十和田市発展の礎となっている。このように新渡戸家は稲造だけでなく傳を始めとした英才を輩出していたが、必ずしも恵まれた境遇ではなかった。稲造の曾祖父で兵法学者だった新渡戸維民(これたみ)は藩の方針に反対して僻地へ流され、祖父・傳も藩の重役への諌言癖から昇進が遅く、御用人にまでのぼりつめた父・十次郎もまた藩の財政立て直しに奔走したことが裏目に出て蟄居閉門となり、その失意のあまり病没している。こうした「不遇」は、第二次世界大戦へと突き進む時代の中で平和のために東奔西走しながら亡くなった稲造の生涯にも通ずるかもしれない。

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