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ラ・ロシュフーコーの名言102件

洞察力の最大の欠点は、的に達しないことではなく、その先まで行ってしまうことである。
希望と恐れは切り離せない。希望のない恐れもなければ、恐れのない希望もない
小事に拘泥する者は多く大事を為すあたわざるに至る
小人は小さなことでむやみに傷つく。大人物は小さなこともすっかりわかるが、そんなことでは一向に傷つかない
われわれに起きる幸不幸は、それ自体の大きさによってではなく、われわれの感受性に従って大きくも小さくも感じられる
語りあってみて、理性も好感も感じられないような人間が多いのは、自分のいいたいことで頭がいっぱいで、相手の言葉に耳を貸せない連中が多いからだ
われわれは自分の幸せも不幸も自己愛に見合う分しか感じない
うぬぼれというものがついぞなかったら、人生はてんで楽しくあるまい。
自分の幸せも不幸も自己愛に見合う分しか感じない
簡単に悪と決めてかかるのは、傲慢と怠惰のせいである
ほんの少しのもので、賢者は幸せになる
本当の喜びは、味わいの中にある。物事の中にあるのではない
若くても美しくなく、美しくてもわかくなければ、なんにもなりはしない。
大多数の若者は、そのぶしつけと無作法を、天真爛漫のつもりでいる。
希望と怖れは切り離せない。希望のない怖れもなければ、怖れのない希望もない。
人は、他人と違っているのと同じくらい自分自身とも違っている時がある。
人間は、自分が考えるほど不幸でもないし、それほど幸福でもない。
死と太陽は直視することは不可能である。
若い者はその血気によって趣味を変え、老人は習慣によりその趣味を保つ。
女たちにとっての地獄は老いである。
よい趣味は才智よりはむしろ判断から生まれる。
人が不正を非難するのは、そのことを憎悪するからではなく、むしろ、自分がその害をこうむりたくないからである。
道徳的反省
一兵卒にとって武勇とは、彼がその生活の糧をうるために選んだ危険な職業のことである。
道徳的反省
善良な裁判官における正義は称讃の愛にすぎず、野心ある裁判官の正義は昇進の愛にすぎない。
道徳的反省
われわれの才能より下の職について大人物に見えることはあるが、われわれの力以上の職につくと、往々にして彼が小人物に見える。
道徳的反省
知恵の霊魂におけるは、健康の肉体におけると同じである。
道徳的反省
礼儀作法は法と称されるもののうちで、いちばんつまらないものだが、最もよく実施されている。
道徳的反省
正義の愛は、大部分の人々においては、不正な目に合うことを怖れる心である。
道徳的反省
罪悪でありながら、その輝きや、その数や、その極度のために無罪となるものがある。それのみか、栄誉となるものすらある。だからこそ、公の盗みが有能と讃えられ、無法に諸州を奪うことが征服と称される。
道徳的反省
善の究極は悪であり、悪の究極は善である。
道徳的反省
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『ラ・ロシュフコー』より : ラ・ロシュフコー(ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世(François VI, duc de La Rochefoucauld), 1613年9月15日-1680年3月16日または17日)は、フランスの貴族、モラリスト文学者。名門貴族の生まれであり、多くの戦いに参加した後、いわゆる『箴言集(しんげんしゅう)』を執筆した。彼の作品に見られる辛辣な人間観察には、リシュリューと対立して2年間の謹慎処分を受けたことや、フロンドの乱でマザランと対立したことなどで味わった苦難が反映されているとも言われる。 彼の主著『考察あるいは教訓的格言・箴言』は、単に『箴言集』とも呼ばれる。1659年頃から執筆を始めたと推測されており、その後いくつか写本も作成された。印刷物として刊行されたのは1664年のことであるが、これは先行して無許可の海賊版が出されたことに対抗したためである。その後、箴言は増補される一方で一部が削除され、生前に第5版(1678年)までが刊行された(死後1693年には第6版が出された)。
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