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坂口安吾の名言146件

悲しみ苦しみは、人生の花だ
愛とは、自分よりも自分の動物的な自我よりも、人を優れたものとして認める心である
天皇というものには実際に尊敬に値する理由はない。日本に残る一番古い家柄、そしてずいぶん昔に日本を支配した名門であるということの外に特別な意味はなく、古い家柄といっても単に家系図をたどりうるというだけで、人間誰しもただ系図を持たないだけで、類人猿からこのかた、みんな同じだけ古い家柄であることは論をまたない
人間の尊さは、自分を苦しめるところにあるのさ。
悲しみ、苦しみは、人生の花だ。
恋愛は、人生の花。いかに退屈であろうとも、この外に花はない。
人は正しく堕ちる道を、堕ちきることが必要なのだ。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。
青春ほど死の翳(かげ)を負い、死と背中合せな時期はない。
すぐれた魂ほど、大きく悩む
私はあなたの肉体を考えるのが怖しい、あなたに肉体がなければよいと思われて仕方がない、私の肉体も忘れて欲しい。そして、もう、私はあなたに二度と会いたくない。誰とでも結婚して下さい。私はあなたに疲れた。私は私の中で別のあなたを育てるから
人間というものはベラボーなオプチミストでトンチンカンなわけのわからないもの
人間の、また人生の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、いやな物はいやだと言う、要はそれだけのことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだと言う
人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足はだれでも好むよ。けだものでもね
ほんとの幸福というものはこの世にないかも知れないが、多少の幸福はきっとある
人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない
すぐれた魂ほど大きく悩む
私は悪人です、と言うのは、私は善人です、と言うことよりもずるい
いのちを人にささげる者を詩人という。唄う必要はないのである
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない
芸術は「通俗」であってはならぬが、しかほど「俗悪」であっても良い。人間自体が俗悪なものだから
歴史というお手本などは生きるためにはオソマツなお手本にすぎないもので、自分の心にきいてみるのが何よりのお手本なのである
孤独は、人のふるさとだ
運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである
(恋愛とは)所詮幻影であり、永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、それをするな、といい得ない性質のものである。それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから。つまりは、人間は死ぬ、どうせ死ぬものなら早く死んでしまえということが成り立たないのと同じだ
私は、勤倹精神だの困苦欠乏に耐える精神などというものが嫌いである
人はなんでも平和を愛せばいいと思うなら大間違い、平和、平静、平安、私は然し、そんなものは好きではない。不安、苦しみ、悲しみ、そういうものの方が私は好きだ
人間が変わったのではない。人間は元来そういうものであり、変わったのは世相の上皮だけのことだ
生きることだけが、大事である、ということ。たったこれだけのことが、わかっていない。本当は、分かるとか、分からんという問題じゃない。生きるか、死ぬか、二つしか、ありやせぬ。おまけに死ぬ方は、ただなくなるだけで、何にもないだけのことじゃないか。生きてみせ、やりぬいてみせ、戦いぬいてみなければならぬ。いつでも、死ねる。そんな、つまらぬことはやるな。いつでも出来るんことなんか、やるもんじゃないよ
恋愛は、言葉でもなければ、雰囲気でもない。ただ、すきだ、ということの一つなのだろう
生と死を論ずる宗教だの哲学などに、正義も、真理もありはせぬ。あれは、オモチャだ
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坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、エッセイスト。本名は炳五(へいご)。旧私立豊山中学校卒業後、代用教員を経て東洋大学文学部印度哲学倫理科卒業。純文学のみならず、歴史小説、推理小説、文芸から時代風俗まで広範に材を採るエッセイまで、多彩な領域にわたって活動した。終戦直後に発表した『堕落論』などにより時代の寵児となり、無頼派と呼ばれる作家の一人、その後の多くの作家にも影響を与えた。 晩年に生まれた一人息子の坂口綱男は写真家。 新潟県新潟市西大畑町(現・中央区 (新潟市) 中央区西大畑町)に、父・坂口仁一郎、母・アサの五男、13人兄弟の12番目として生まれる。名前(炳五)の由来は、「丙午」年生まれの「五男」に因んだもの。坂口家は代々の旧家、大地主であり、「阿賀野川の水が尽きても坂口家の富は尽きることがない」と言われるほどの富豪だった。仁一郎は憲政本党所属の衆議院議員で、かつ「五峰」の号をもつ漢詩人で、新潟新聞(現・新潟日報)の社長などを務めた。政治家としては、若槻禮次郎、加藤高明らと、文学者としては会津八一と親交があった。仁一郎は政治に大金を注ぎ込み、安吾の生まれた頃は家は傾きかけていた。アサは仁一郎の後妻で、安吾はこの傾いた家計を支えるのに苦労していた母親から愛されなかったという思いを抱いて成長する。兄の献吉は新潟日報やラジオ新潟の社長などを務めた。
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