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奥山清行の名言54件

いつ来るか分からない15分のために常に準備をしているのがプロ。来ないかもしれないからと言って準備をしないのがアマチュア。
10代に教わることの90%は、恐らく一生使うことがない知識です。でも、自分に本当に必要な残りの10%は何か、誰にも予測できない。
葛藤があれば第一歩。悩み始めたら大丈夫。
僕は、転職に際して3つの条件を持っていました。自分が気に入るところであること。新しいことが学べること。求められていること。忘れられがちですが、特に大事なのは3つ目です。全員に求められていなくてもいい。でもキーメンバーからは絶対に求められていないと。これが、仕事の意欲にも、自分の成長にも、結果にも大きく影響してくるんです。
恥をかいただけ、人間は成長する。
常に迷いも不安もありましたよ。それは当然です。何かを決断するとき、振り子は必ず振れる。だから僕は、毎晩寝るときに今日の結論をノートに書くことにしていました。それを繰り返していくと、自分にとって自然な方向が見えてくるんです
日本ではデザインを「スタイリング」と同じ意味で捉えている人が多いのですが、決してそれだけではありません。たとえば、街づくりの計画を「都市のグランドデザイン」と言うように、何か物事を作り上げようとする場合には、ベースとなる設計思想が必要になります。その初めの段階から関わっていくのが、本来のデザイナーの仕事なのです。
私は、日本の企業から人々を魅了する商品が生まれなくなっている背景のひとつには、「分断」があると考えています。とくに日本企業では、開発、生産、営業、販売の各プロセスが分断されていて、お互いの交流がほとんどないことです。これによって、どういう事態が生じているか。販売の人間は、開発や生産に携わる人たちがどんな思いでその商品を作っているかがわからず、お客さんに商品の魅力を十分伝えることができていません。一方、開発や工場の人間も、販売現場やユーザーのことがわかりませんから、作り手側に都合のいい独り善がりの商品を作ってしまうのです。
私はどんな仕事に携わる場合でも、商品が生み出す現場や、売られている現場、使われている現場をすべて知ることをとても重視しています。たとえば、先ごろ農業機械などで有名なヤンマーの社外取締役を務めることになったのですが、それに先駆けて行なったのが、ユーザーである農家を訪ねて回ることでした。自分でもトラクターや耕転機を運転して農作業も体験しました。それと並行して、ヤンマーのほとんどの工場にも足を運びました。私が工場に行くと時間が長いことで有名なんです。ただ見学するだけではなく、自分で機械を触ったり、製造工程のディティールに踏み込んで担当の人に話を聞いたりしますから、それだけ時間がかかるのです。しかし時間と労力をかけて川上と川下の現場を見ることで、作る人たちのこだわりがわかり、またそれを使う人たちの潜在的なニーズを感じ取ることができます。そうして初めて、両者をつなぐために自分ができることを考えられるようになるのです。
私はヨーロッパで仕事をしていましたが、そこで感じたのは、モノづくりの現場と人々の暮らしが、密接なつながりをもっているということでした。日本の企業は、お客さんからクレームがあると、すぐに謝罪して問題を処理しようとしますよね。しかしヨーロッパの国々ではそうはしません。たとえば、革製品のソファを買ったお客さんが「すぐに傷がついた」と言って店にやってきたとします。すると店員はどう対応するか。「お客様、これはアニリン仕上げの革のソファなので、そもそも傷がつきやすいものなんです。でもそれがいいんですよ。この傷を味だと思って使い込んでください。とてもいい風合いになってきますよ」といった説明をするはずです。店員には、その商品がどのように作られているか、その商品とどうつき合えばいいのかをお客さんに伝えようとする意識がありますし、お客さんの側にも、その商品の個性を理解したうえでつき合っていこうという意識があります。
いまの日本企業が抱える大きな問題として、自らの社会的使命をきちんと説明できなくなっていることがあります。「自分たちは社会や顧客に対して何をしたいのか」があやふやなのに、人の心に響くものが作れるわけがありません。社会的使命を確立することで初めて、確固たる世界観を持った商品を世に送り出すことができます。そして、その世界観に共鳴する一定以上のファンを獲得できたとき、その商品はブランドになるのです。
フェラーリも特定のお客さんと世界観を共有できていることが最大の強みです。実はフェラーリというクルマは、ハードウェアとしては絶対的なものではありません。日本の自動車メーカーならば、フェラーリよりも高品質のクルマを作ることは十分可能でしょう。しかし、フェラーリは、所有することによる社会的ステータスや、オーナー同士の結びつきといった、他の商品では代替できない価値を提供しています。フェラーリを手に入れることで、その後の生活がどのように変わるかをありありとイメージさせることができる点が、他のクルマとの一番の違いなのです。
「誕生日には何が欲しい?」と聞いて、答えどおりのものをプレゼントしても、相手はそれほど喜びません。「こういうのが欲しかったんだ!」と相手が喜ぶ最高のプレゼントは、この人は一体どんなものを喜ぶんだろうと懸命に想像力を働かせて、その想像が相手の期待を超えていたときに可能になるものです。ですから、お客さんに本当に喜んでもらえるものを作るには、現場に足を運んで、想像力を巡らせることが必要なのです。
「リスクに対して覚悟を決める」ことが大切です。たとえ想像力を働かせて顧客のことを考えても、潜在ニーズを捉えることができず、失敗してしまう可能性はあります。あるいは潜在ニーズを捉えていたとしても、先進的すぎて顧客から受け入れられない、という場合もあるでしょう。そうした場合に、勇気をもって撤退するか、あるいは、絶対に売れると信じて成果が出るまで踏み留まる覚悟を決めることが必要です。
残念ながら、いまの日本企業の多くは、保証がないものに対してリスクを負う覚悟があるようには見えません。だから、独自の世界観を示すものよりも、ありふれた「そこそこ売れるもの」に走ってしまう。しかし、それでは未来が拓けることはありません。「なんとしてもこれを作る。これを売る」という覚悟を持ってモノづくりに取り組めるかどうかが、人々の心を動かすものを世に送り出す最大のポイントだと思います。
アメリカのゼネラルモータース(GM)の先行開発研究所の所長になったとき、自分がマネジメントするなら和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気で、自由にクリエイティブな才能を発揮する組織にしたいと考えていました。振り返れば、その理想が失敗の原因になったように思います。それぞれの能力を発揮してもらおうと、メンバーに注目をしすぎて、クルマという成果が疎かになっていたのです。私は管理職として「人」を管理しようとしました。ただそれは誤りで、本来は人ではなく、「仕事」を管理すべきだったのです。
30代は、「人から指示される立場」から、「人に指示する立場」に変わる時期です。マネジメントで悩んでいる方も多いでしょう。しかし、そんなときほど、人ではなく、モノ、つまり「仕事の結果」に注目すべきです。
成果を生み出すために、すべての関心と力を注ぎ込むこと。そのことが、自分も他人も大きく成長させることにつながると思います。
いまも日米伊の三国を頻繁に移動しているけど、正直、いやなものですよ。いちいち起きる摩擦、受ける差別、異文化への交渉とどれも非常につらく、体もポロポロになります。でも、僕の仕事は移動しなければ成立しないものなのです。物理的に異文化に放りこまれたら、人格も発想も、現地に適応させなければならないでしょう?それが僕のこれまでの仕事を作りあげてくれているとは実感しています。
GMの研究所で管理職をしていたとき、研究のためには、部下の仕事をする環境をよくするべき、と考えて現場の自由を拡大したら、部下たちの提案は、かえって、僕の上の役職の人たちには採用されにくくなりました。部下7人を解雇しなければならなくなり、研究所そのものも閉鎖に追いこまれてしまった。簡単に言えば、自由な現場でメンバーそれぞれの主観に沿った仕事を推進したあまり、独善的な提案ばかりが上がるようになったのでしょう。痛感したのは「人材の管理より仕事の管理をしなければ」ということでしたね。
ヨーロッパのカーデザインの世界の中で僕がデザインコンペにおいて想像以上に早く成果を出せた理由は、アメリカで管理職を経験し、仕事を発注する側の視点を持っていたからでしょう。人様にお金をいただき、顧客の意図を形にするという仕事に際しては「自分の表現」の優先順位は低いんですね。はじめから自分のためだけの仕事をしていてはダメでしょう。それは最後に生きてくるところなのですから。
イタリアで管理職になったとき、僕は何回「顧客はお前のイオ(自分、自己表現)なんて興味ないんだ!」と忠告したことか。顧客であるクライアントは未来の車の買い手を探しています。それなのに、デザイナー個人の主観を押しつけたら、そのクルマが完成する5年後や10年後の市場のニーズに合致するはずがないんですよ。イタリア車のデザインだから、一見、趣味の延長線上でやればいいかと思われるかもしれませんが、それではコンペだって通りません。ブランドの文脈を吸収し、顧客満足のために計算を重ねてデザインするべきで、自己表現を加えるのは最後なんですよね。フェラーリやマセラティなどを手がけたせいか、僕の仕事はイタリア的に思われることが多いけど、自分の仕事の感触は「アメリカの管理職における経験をヨーロッパに移植した」なのです。
イタリア車の個性もよそ者だからこそ端的に把握できました。食事もお酒も含めて生活のすべてをイタリア式に染め、イタリア車黄金期のデザインを体に刷り込むように吸収したんです。だからこそ、長いイタ車不遇の時代に負い目を感じ、ドイツ的なデザイン画を描きがちなイタリア人デザイナーよりもイタリア的なスケッチを描けた。職人による限定生産こそがイタリア車の魅力だから、日本やアメリカの大量生産車にない形を追求すればよかったわけですね。
僕の一番の仕事道具は手描きの絵です。これは会議や対話でいい発想を引きだせる人が「言葉」を大切にしているぐらいに重要なものですよ。仕事で顧客の希望に応えるためには、そのように主観と客観の間を往復するための道具を手に入れなければダメなんじゃないでしょうか。
ある職種のプロであるほど忘れがちになるのは、プロであるほど業界の常識に縛られているということです。つまり、プロの発想は前例の集積になりやすい。しかし、それではまず発案者本人が興奮できません。発案者が興奮できないものに、他人が興奮するわけがないですよね。だから「自分以上」になる道具が必要ですが、僕にとってはそれが「手描きの絵」なんですよ。機械を使って描く図面は非常に正確ですが、発想のはじめから機械で描くと、僕の場合は細かいところの不備が気になって前に進めなくなります。でも、手のスケッチなら、細かいところはコチョコチョと曖昧にしておき、アイデアの核心については力強く描ける。初期衝動の印象をかなりそのまま形にできる道具なんです。しかも、手はなかなか思い通りにはなりません。それで偶然に引いた描線が、自分の意図を越えていいものになる可能性もある。そういう意味で僕にとっての手描きの絵は、本人も興奮できる企画を作るための道具になるんですね。
デザインの世界においては、ダメかなと思うようなアイデアほど採用されるものです。自分の頭はアテになりません。だから、発想はまず形に残しておいて、客観的に判断するのは数日後や数週後や数年後なんて思っているんですよ。そうすれば、その時々の瞬間最大風速とも言えるデザインを残せて「自分以上」になれる。これが僕にとってネタを溜めておくコツなんです。ここぞというチャンスのためにネタを溜めておくのは大事なことではないでしょうか。たいていのチャンスは突然やってきて、しかも一回限りのものばかりですから。
デザインの仕事で大切にしていることは「自分のエゴ」は捨てなければならないんですが、ただ、デザインが実行段階に入ったあとは、必死に守り抜かなければダメでしょう。工業デザインには、製作に際してものすごくたくさんの人たちが関わりますよね。それに各部門の意見や都合はそれぞれかちあうことばかり。もしも各部門の提案をすべて反映したら、ピントのずれたデザインになりがちなのです。放っておいたら、あれもこれもといろいろな人の思惑が統一感もなく載せられた、怪物のようなクルマになってしまいかねない。だから、コンペを通過したデザインは自分で守るべきです。「コンペに通ったんだから」なんて放っておいたら、知らないうちに勝手にあちこち変えられて、骨抜きのデザインになるなんてことはよくありますから。
主張を通すためには説得力が必要です。関係者全員の意見までを一致させる必要はないけど、意図や機能については理解してもらえるよう、言葉をつくして納得や合意に漕ぎつけるのも、デザイナーとしての大切な仕事なのではないでしょうか。
説得の過程においては、人対人の信頼関係がものを言うことが多いですよね。それにまず議論以前に、すごく精巧にできた実物大の模型を見せたり、ホログラムやCADなどのプレゼン技術を駆使してパッと見てもらって納得していただくことも必要だと思っています。発想の段階では手で描くわけですが、プレゼンはまたそれとは別で、短い時間でわかってもらうためには、僕は技術も機械も総動員して訴えるよう心がけているんです。
いま、痛感しているのは、僕自身が持っている最大の価値は、どこの人にとってもよそ者であるということなんですね。ひとつの場所に定住している人には見えない視点を提供するのが僕の役割なのでしょう。だから、いくら移動がつらくても、もしも僕が定住してしまえば、そうしたよそ者としての視点を持ちこめなくなるから、仕事は成立しなくなっちゃうんです。
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奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、世界的に活躍する日本人カーデザイナー・インダストリアルデザイナー 工業デザイナー。イタリアピニンファリーナ社デザインディレクター。金沢美術工芸大学客員教授。Art Center College of Design アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン客員教授。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校 山形東高、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1985年にアメリカ合衆国のアートセンター・カレッジ・オブ・デザイン卒業後、GM(米)、ポルシェ(ドイツ)で研鑽を積み、イタリアのデザイン会社ピニンファリーナのチーフデザイナーとしてエンツォ フェラーリ、フェラーリ・スカリエッティ、マセラティ・クワトロポルテなどのカーデザインを担当。
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