名言info

堺屋太一の名言62件

世に義によって動く者は少ない。たいていの人は恐怖によって追い立てられ、利によって誘われて動く。だが、奇妙なことに、義によって動く者が多いだろうという期待は持っている。恐らくこれは、人間の持つ人間に対するロマンであろう。
女というものは、今日の楽しみにも、将来の夢にも貪欲なものだ。
日本では自由は正義じゃない。で、自由は何を生み出すかというと「楽しさ」を生み出すんです。
人間には天寿があるが、組織にはそれがない。
人口が減ること自体を悲観する必要はない。大事なのは、生産性を高める方向に変化できるかどうかだ。
企業でも国でも、目の前のことを変え、本質的な部分は手をつけない。だから「人事」「仕方」「仕掛け」「仕組み」「思想」の順番で、段階的に変える。
職業は「有利」よりも「好き」で選ぶべきだ。「秀才」といわれた人ほど「会社人間」の人生になりやすいのは「有利」な職業を選ぶからだ。
興味を持ったら、自分一人で試してみる。誰かと一緒にやってはいけません。一緒にいることが好きなだけかもしれないから。
好きを探すことこそ、人生で一番の仕事なんですよ。
やっぱり人間は好きなことをすべきなんです。ただし、好きなものを見つけるのが実は難しい。
改革とは「仕組み」を変えることであって、「仕方」を変える改正や改善とはちがう。
トップがしなければならないことの第一は、組織全体のコンセプトを明確にし、その組織の目的を誤りなく伝えることだ。
組織に嫌われるのがイヤなようでは、大したことは出来ません。
好きなことをやらないと、必ず後悔する。
幸せというのは、環境と希望の一致です。
好きなことを見つけることこそ、人生で一番の仕事である。
目先のことにとらわれてはいけません。好きなことをやらないと必ず後悔します。わからなければ探し続けるんです
時間が忘れられる仕事を探しなさい
(自分の好きなことをするのに)不安はあるかもしれない。でも、不安というのは消えないんです。好きなことをすれば、楽しさと同時に世間の風当たりと将来の経済が心配になります
自分の好きなことをするのに不安はあるかもしれない。でも、不安というのは消えないんです。好きなことをすれば、楽しさと同時に世間の風当たりと将来の経済が心配になります
組織全体が目的達成のための手段として下部の部分組織に与えた目標が、それを担当する部局においては目的化する
ある環境に完全に適応した組織は、環境が変化したときにも改革できず、むしろ環境変化とは逆の方向に走ってしまう。組織内の権限構造が、外部環境への適応よりも内部での地位と人脈を擁護しようとするからである
人間にとっても、組織にとっても、理想を知ることこそが理想を実現する第一歩である
組織全体の雰囲気は、しばしば「時の流れ」とか「時代の風潮」とかいった言葉で表現されるが、そこにも必ず組織的原因が存在する
最近の若い人々は「友達」とか「親友」とかいった言葉を多用するようですが、本当に「友達」「親友」といえる相手はそう多くめぐり合えるものではないでしょう。おしゃべりをしておもしろいとか、(一緒に)酒やスポーツが楽しめるという程度では、厳密な意味での「友達」「親友」ではなく、いわゆる「遊び仲間」の域を出ないでしょう
就職における最も危険な間違いは、好きかどうかでなく、有利かどうかで選んでしまうことです。花形産業は移り変わる。目先のことにとらわれてはいけません
幸せというのは環境と希望の一致です。古い世代は、少しでも環境を希望に近づけようと、「ひとつ上」を狙って頑張った。ところが今は環境を上げるのではなく、希望を下げてしまう
人生は、玄(くろ)い冬にはじまり、青い春と朱(あか)い夏を経て、白い秋に至る。暗い冬で終わるのではない
今や日本は世界一安全です。けれど、全然楽しくない。安全だけでいいなら監獄に入ればいい。それでもみんな入りたがらないのは、幸福を追求できる選択性がないからです。これからの日本は、「楽しい日本」「多様な社会」にしなきゃいけない。
官僚も普通の人。聖人でも悪人でもない。職場での居心地と将来の出世が気にかかる。それを決めるのは同じ府省に勤める仲間の評判だ。仲間の評判を高めるには、それぞれの府省の予算を増やし、組織を伸ばし、規制権限を広げることである。景気をよくし、経済を活発にする規制緩和に官僚たちが抵抗するのは当然だろう。
62件中1-30件を表示
次のページ ▶
堺屋 太一(さかいや たいち、男性、1935年7月13日 - )は元官僚、作家、評論家、政治家、内閣特別顧問。早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター客員教授。財団法人2005年日本国際博覧会協会顧問。 大阪市生まれ。本名は池口 小太郎。大阪府立住吉高等学校を経て東京大学工学部入学後、経済学部へ転入し卒業。その後通商産業省入省。「堺屋」の由来は、先祖が大阪府堺市から谷町筋に移住し、屋号とした商店に由来する。 通産省時代に国際博覧会 万博開催を提案、1970年の日本万国博覧会 大阪万博で成功を収める。その後、沖縄開発庁に出向、沖縄国際海洋博覧会 沖縄海洋博も担当した。1978年に退官。退官した後も、イベント・プロデューサーとして数々の博覧会を手掛る。2005年日本国際博覧会 愛知万博でも最高顧問であったが、お祭り色の強い博覧会を考えた堺屋と長期的計画を望んだ地域の意図が合わず、2001年6月28日に辞任した。ただし、最高顧問辞職後も、顧問として愛知万博協会に関係した。
ランダム
駒井茂春の名言5件 加地倫三の名言9件 和田勇の名言10件 春名和雄の名言4件 熊谷眞一の名言16件 マリア・シャラポワの名言57件 松本潤の名言132件 篠田法正の名言4件 ジェームス・ディーンの名言25件 マイケル・ポーターの名言39件 アンドリュー・マコーミックの名言1件 ジャン・ジオノの名言1件 端田泰三の名言1件 松下正寿の名言1件 柳沢慎吾の名言1件
ランダム表示
日本人と世界の偉人・有名人の名言集・格言集まとめサイト!
人生、仕事、恋愛、努力、勉強、スポーツ、アニメ、本、生きる意味...心に残る・響く有名なひとこと、英語名言、語録多数収録!
名言info