名言info

小林陽太郎の名言43件

ビジネスを成功させるために必要なのはABCDだ!A(Aspire/志を持ち)B(Believe/成功を信じ)C(Commit/本気で取り組み)D(Do/計画を行動に移していく)E(Enjoy/それらを楽しみながら)
まず組織の上に立つ者が頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない。
“なぜやれないか”を訊いているのではなく、“どうしてやるか”を訊いてるんだ。
仕事は常に、人間によって行われ、人間のつながりによって進行していくことを忘れてはならない。人間関係の輪が大きくなれば、同時に仕事の輪も大きくなる。人間同士の信頼が深まれば、仕事の輪の内容は豊かに充実してくる。強い信頼で結ばれた人間関係こそ、すべての仕事の基盤である
人間でも企業でも真剣勝負に立たされた時、何かを掴む
同質のものや同質の人としかふれない社会の中にいるかぎり、自己観照の必要性はあまり生じないし、かりに自己観照をするつもりでいても、結果的にそうはならないことが多い。日本が均一社会もしくは同質社会だと言うつもりはありませんが、私の場合は明らかに、海外で2年間を過ごすなかで、異質なものに数多くふれたことが、自分自身を客観的に見るきっかけになったと思う
前年にできたばかりの富士ゼロックスに入社したとき、MBA教育などで抱いている「よい会社」のイメージからすると、それはほとんど対極にあるような状態で、率直に言えば「ひどいところに来てしまった」という印象はぬぐえなかった。ところが入社後すぐにイギリスに渡り、1年数カ月仕事をして帰国してみると、その間に皆が、まるで人が変わったように一所懸命に働いていた。短期間で大きく成長を遂げた人たちの姿を見て、私は自分の未熟さに「穴があったら入りたい」気持ちになった。大学を出てビジネススクールにも行って、実業の経験もそれなりにしたにもかかわらず、「人は変わりうる」ということが理解できていなかったのだ。
私は44歳で社長になったが、もともとあまのじゃくのところがあって、社内のさまざまな決まり事について納得できず、「なぜそれをやらなければいけないのか」とか「なぜそれが決まったのか」と質問してスタッフを困らせたものだ。いまあらためて自分をふり返ってみると、そのような根本を問いただす質問を投げかけることで、改革を引き起こそうという意図も確かにあった。だが、それがスタッフの仕事を必要以上にやりにくくしていたのではないか。あるいは、質問の投げかけ方にも、もう少し違った配慮があったのではないか。そんな反省を、さまざまな機会をとらえて重ねていったのも事実である。
客観的に自分をふり返り、少し別の視点から自分自身を見る機会を意識して持つようになったのは、アメリカでの2年間の留学を終えたころで、年齢でいえば23、4歳でした。思うに、同質のものや同質の人としかふれない社会の中にいるかぎり、自己観照の必要性はあまり生じないし、かりに自己観照をするつもりでいても、結果的にそうはならないことが多い。日本が均一社会もしくは同質社会だと言うつもりはありませんが、私の場合は明らかに、海外で2年間を過ごすなかで、異質なものに数多くふれたことが、自分自身を客観的に見るきっかけになったと思う。
私は2年間の留学経験を経て、かなりアメリカにかぶれ、頭でっかちのMBAホールダーになって帰国した。何の経験もなくMBAで組織論や経営学などを学んだ影響が大きいのでしょうが、あらためて日本を見たときに、「会社とはこれでいいのか」という思いを強くしました。アメリカに行く前には何とも思わなかったことが、日本に帰ってくると、まったく違って見えてきたのです。
かつて私は「長男とはこうあるべきだ」とか「一流企業の社員とはこうあるべきだ」というステレオタイプに、自分自身のあり方をはめ込んでいたのかもしれない。他の人に対して、「それは一流企業の社員としてふさわしくない」と口に出すことこそなかったものの、そういう考え方がいかに的外れであるかを、できたばかりのゼロックスで働いたことを通じて気づかされた。
人間は、知識では測り知れないプラスアルファの部分、もしくは神秘さのようなものを数多く持っていると私は考えている。地位が高いとか低いということは関係なく、私たちは人間をそのような視点から見ていく必要がある。ゆえに知識と経験をふまえた上で、そこに自己観照という作業を加えて、時間とともに、人間を見る視点を磨いていかなければならない。
私自身にしても、特に自分が人に関して下した判断が「最終判断として十分だ」と、いつになったら言えるのかはまったく分からない。だからこそ、常に進行している「ing」の中で、今の自分も自己観照を通じて人間を見る目を磨いていく過程にすぎないと思いつつ、さまざまな判断を下していかなければならないと、考えるようにしている。
いわゆる企業のカルチャーとは非常に根深いものであり、さらに各企業が属する業種などによって、専門的な言葉が数多くある。同じ会社の人同士は当然として、同じ業種の人たちと話をしても、同質の人が集まって同質の議論をしているわけだから、「観照」という形にはあまりならない。ゆえに私自身の経験から言えば、企業人ではない最も身近な家族、すなわち奥さんや息子さん、娘さんなどのように「なぜ会社員は年中こんなに遅くまで働かなければならないの?」といった、きわめて素朴な質問をしてくる人たちに対し、「なるほど、分かった」と言ってもらえるような答えが出せるかどうかが、自分自身を客観的に見る上で大切だと思う。
企業人としての経験を持たない人たちの視点に学ぶことは重要である。私が富士ゼロックスの社長を務めていたころは、新入社員教育にかなり時間をかけた。新入社員にとっては、社長に会い、直接ビジョンや信念を聞く機会だったかもしれないが、私にしてみれば「若い人たちは物事をそのように考えているのか」と気づかされることが多く、ものの見方を広げる上で非常に貴重な経験だった。
学生時代は別にして、社会人になってから正面を切って古典にふれる人は、おそらく少ないのではないか。極端な話、古典はホコリをかぶって本棚に置かれているようなイメージを抱いている人が多いが、決してそうではない。現代に生き続けている古典とは、いくつもの時代を越えて、非常に長い「旬」を持ち続けている考え方であり、思想なのである。
最新の知識がいつぱいに詰まったハウツー書を、一所懸命に読みあさることに益はない、と言うつもりはない。だが、それらの本に書かれていることの大部分は、ある時期に限られたものであり、短期間で旬が過ぎ去ってしまう。その点、古典とは、短い旬を乗り越え、ある意味で「永遠の旬」とでも言ってもいいような普遍的な価値を持つ考え方だ。これからの若い世代のリーダーが、古典のエキスパートになる必要はない。また「広く物事を考えるためのベースとなる素養を、何によって身に付けていくのか」という問いに対して、古典がすべての回答であるとも思わない。しかし、古典は時代を越えて、自己観照のベースとなる視野を広げ、長いスパンで物事の本質をとらえることを可能にしてくれると私は思うのだ。
企業のリーダーにはさまざまなタイプの人がいて、彼らとの出会いを通じて「この人は素敵な話し方をしている」とか「あの人のスタッフへの対応の仕方はすばらしい。あのように言われたら話を聞かざるをえない」といった気づきが数多くある。だから若いときから、そういう機会をいろいろなかたちで数多く持ち続けることが重要であり、同時に我々が、若い人たちのために、そういう機会をつくることが非常に大切なのだ。
私は慶應義塾大学を出て1956年に、ペンシルベニア大学ウォートンスクールに留学しました。何のビジネス経験もなしにビジネススクールに行くというのは無茶な話で、後輩たちにはビジネス経験をきちんと積んでから行くように話しています。
企業が健全な利益を生むためには、顧客・従業員・社会・そして株主に対する責任を果たしていく必要があり、そのことがひいては、長期的な株主の利益を実現することになる。それが、ステークホルダーズ・マネジメント(利害関係者経営)に徹するということだと思います。
ビジネスのあり方はプロダクトアウトから、マーケットインへ進み、これからはソサエティインの世界へと入っていきます。マーケットの枠組みを超えて社会が必要とし、社会にとって価値あるものを探り提供していく。とすれば、データや数字以上に、社会を構成する一員である自分に対して正直であることが何よりも大切です。
「モーレツからビューティフルへ」のキャンペーンも、「ゼロックスの複写機は性能はいいが高い」というイメージに対し、「高くない」と訴える泥臭い広告はあえてせず、「ゼロックス」という新進企業としてのイメージを発したものでした。
我々も人間の集団でした。業績が上向くにつれ、内部に安心感が生じ、緊張感を継続するのが難しい状況が生まれていきました。
仕事は常に人間によって行われ、人間のつながりによって進行していくことを忘れてはならない。
組織の上に立つ者が、まず頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない。
オイルショック後、利益を維持するために商品の価格をあげたことが裏目に出て、他者にシェアを奪われたことに対しての反省の言葉
経営にTQC(全社的品質管理)を入れるということは、事業の現場で起こっている事実を正しく正しく認識し、優先順位を明確にしたうえで必要な対策を講じていくことにほかなりません。科学的、合理的な考え方に基づいて、経営を効率化するということです。
会社にTQC(全社的品質管理)を導入した際、朝香先生(東大名誉教授、朝香鐵一氏)にまず指摘されたのは「あなた方、経営幹部の言っていることは、社員の働きが悪いという愚痴ばかりだ」ということでした。これは私にとって強烈な言葉でした。確かに私の心の中にも、こんな強力なライバルの出現をなぜ現場の人間が見過ごしていたんだという気持ちがありましたから。先生の叱責を受けて「まず組織の上に立つ者が頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない」と痛感しました。
当社は物事を合理的に考え、人の能力を最大限に引き出す経営を会社の柱に据えてきました。それはいま、当社の不変の遺伝子とも言える理念になっています。
シェアが急落する過程でも、我々はライバルの力を正当に評価することができませんでした。リコーの機械は確かに安い。しかし、うちの製品に比べたら、性能や信頼性がまだまだ劣るはずだ。そうでないなら、採算度外視の安売りに違いない。そうした見方が社内の大勢を占めていました。
オイルショック時にリコーにコピー機シェアを20%近く奪われたときを振り返っての発言
石油ショックのとき、当社は国内コピー機市場でのシェアを大きく落としました。それまで60から70%のシェアを握っていたのに、50%をあっさり割り込んでしまった。攻勢を仕掛けてきたのは、後発メーカーのリコーさんでした。なぜリコーに顧客を奪われたのか。直接の原因はリコーが安くて優秀な製品を投入してくる中で、当社が安易に値上げしたことにあります。不況が深刻化し、顧客企業の経営も苦しくなっているのだから、本当はぐっと我慢すべきでした。
小林氏の当時の役職は営業担当常務
43件中1-30件を表示
次のページ ▶
小林陽太郎(こばやし ようたろう 1933年-)は、富士ゼロックス会長、および経済同友会終身幹事(前代表幹事)。 学歴は、慶應義塾大学経済学部卒、ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了。 ほかに、学校法人慶應義塾評議員などを務める。 1958年に富士写真フイルムに入社、1968年に富士ゼロックスに転じ、1992年より現職。 1933年生 こはやしよしたろう 日本の実業家 こはやしよしたろう
ランダム
ロバート・インガソルの名言4件 浮川和宣の名言6件 奥田陽一の名言14件 道元の名言35件 瀬島龍三の名言4件 西水美恵子の名言10件 ブリア・サヴァランの名言5件 ルー大柴の名言17件 大久保尚武の名言12件 賀来龍三郎の名言13件 レオン・ブルムの名言1件 クロティウスの名言1件 ベルリン・天使の詩の名言1件 野口武彦の名言1件 ハドリアヌスの名言1件
ランダム表示
世界の偉人・有名人の名言集・格言集まとめサイト!
仕事、恋愛、努力、スポーツ、アニメ等の心に残る有名なひとこと、英語名言、語録多数収録!
名言info