名言info

梅田望夫の名言40件

既知の分野、今いる場所から、新しい分野、未知の世界に向けて、自ら飛び出す、チームを、組織を引っ張っていく。そんな果敢な挑戦を促す言葉が「コンフォート・ゾーンを超えよ」なのである
世の中に新しいものが誕生するときは、必ず犠牲者が出るんです
狭くひとつのことに没頭するだけが「好きを突き詰める」ことではないと思います。ユーザーの声も含めて、好きなことと仕事の接点すべてに興味を広げることです。
まは、何か新しいものが世の中に出た途端、次の瞬間には全世界のネットサビー(net savvy)な人びとが、ブログやSNS、YouTubeなどに意見や感想を書き込んだり、映像を上げたりします。つまり、新商品に対してつねにイエスかノーかの投票が行なわれている時代です。
僕も、ネット上に自分の書いた本の感想があれば、それは全部読むことにしています。もう2万件以上読んだかな。自分の作品に対する反応を、批判であれ称賛であれ、ただただ全部読みたいのです。つくった自分の想像を超える広がりをもっていますからね。本当に勉強になる。でも、そこからヒットの方程式が見つかると思って読むわけではありません。
かつては、自分の志向性に合う仕事を見つけるのは、至難の業でした。だから、やりたいことよりも、社会を上手に生きる処世術を身につけることにみんな一生懸命だった。でも、いまはネットというインフラが整備されたおかげで、自分の志向性を活かせる仕事と出合える機会は圧倒的に増えました。
将棋のプロたちはものすごく頭のいい人たちなのに、褒めても「そうかなあ……」と言うだけです。将棋しか知らない、自分たちは社会で通用しないと思っているのです。でも、とんでもない修行を重ねているし、負ければ自分が全責任を負う世界だから皆潔い。歴史と伝統のある世界だから礼儀作法は完璧。ファンと多く接することで人間性も磨かれています。将棋のプロたちは、日本で最も優れた人々だと思っています。
ネットというのは静的なデータの集まりで、検索エンジンに単語を入れると答えが返ってくるだけ、という考え方もありますが、僕の実感としては、ネットの向こうに生身の人間がたくさんいるという感じなんです。ただ、ネット上の情報は無限に近いですが、本当に必要な情報はまだ足りていないんです。
世の中で認められてくると「自分はこの道の権威で、自分の中にすべてがある」と思いがちです。僕がネットの向こう側にいる人たちに対してものを書いていて一番よかったと思うのは、そういう考え方が根底から崩されたことです。僕のブログにも、僕より詳しい人が書き込んできます。世の中にはとんでもなくすごい人たちがたくさんいるんです。
ブログにコメントを自由に書き込みができ、たとえそこに嫌な内容が書き込まれていたとしても、消さないで残しておく。それも含めて、全体が「知」なんです。
インターネットって人間の脳みそと脳みそをつなげてくれるんです。この脳みその中身を構造化したり、俯瞰したりしたものがネットの上に載せられるようになれば、知の共有財産になるわけです。
人間力は、「未来は楽しい」と思うことからしか生まれないと思います。きっと今日より明日は楽しくなるはずだということをみんなが実感できれば、生身のコミュニケーションが減っている時代であっても、それほど悲観的になる必要はありません。
僕の書いた『ウェブ進化論』は、インターネットについて楽観的すぎるとか、いろいろな批判も受けていますが、僕は心から「善意の集積はネットで実現できる」と思っているんです。悪意もネット上に確かにたくさんあるけれど、悪意を集積し、連鎖させていくアプリケーションは、まだ見たことがない。
ネットで自分の考えや思いを発表して、一度でも人に何か悪く言われると、多くの人たちは「もうやめた」となるんですけれども、こう考えてみて欲しいんです。世の中に新しいものが誕生するときは、必ず犠牲者が出るんです。鉄道が敷設されたときも、飛行機が発明されたときも、ひかれたり落ちたりして命を落とした人がたくさんいた。インターネットでも日常的に利用できるようになって、それで人が傷つくこともある。でも、そういうものを乗り越えていったとき、無限の人間の脳みそはつながるんです。
誰かが何かを言うと、それに対して誰かが何かを言ってくれる、ポジティブなリアクションが来る。こういう経験を、子供のころから続けていくと、全体として世の中はよくなるのではないかと僕は思っています。シリコンバレーで、僕はそういうことを学んだんです。
僕はシリコンバレーに住むようになってから、大きく変わったと思っています。シリコンバレーは、アメリカの中でも非常に特異な土地です。何が特異かというと、大人の態度なんです。おっちょこちょいで、若い人が出したアイデアに対し、面白い、やってみろって言うわけです。
ユーチューブをタイム誌が2006年の発明ナンバーワンに選びました。日本でユーチューブみたいなものが出てきたときに、発明大賞に選びますか?ありえないですよね。日本では著作権違反の映像がたくさん載っている問題サイトだという報道しかされないわけですから。ところが「これは映像文化を変えた発明である」と言って、ドーンと取り上げるのがアメリカです。こういう雰囲気から新しいものが生まれてくるんです。
アメリカ人って、基本的に「もの知り」じゃないんです。学者でもだれでも、日本人の方がずっとものを知っている。だから新しいものを見たときに失敗する可能性を予測するのは、日本人の方がうんとうまいですよ。僕だって、「面白いな、面白いな」と言っているアメリカ人を見ると、口から出かかるんです、「いや、これはきっと失敗するよ」って。「失敗する」って言った方が当たるから。
新しいものを生み出すということにおいて、これまでとひとつ違う点があると思っています。新しいものを生み出すために、組織が必ずしも必要ない時代に入っているんです。この10年で、一人の個とインターネットがあれば、かなりのことができるように世の中がずいぶん変化しました。逆に組織のあり方は、10年前から全然変わっていません。
昔は組織に属さなければできないことばかりだったけれど、いまは情報のコストなどを含めていろいろなものがタダみたいに安くなった。誰かと何かを一緒にやりたいと思えば、ネットを使ってすぐできます。一度、組織がまったくなくてもかなりのことができるという考え方からスタートして、あとで組織のいいところをプラスして考えていかないと駄目だなと最近思うんです。
組織に属さないことでこれだけ大きなことができるっていうのを、身を持って示したい。大学で教えることはすごく大事だと思いますが、同じエネルギーがあったら、僕はネットの向こうにいる不特定多数に向かって、自分が考えていることを語りつづけたい。
ネットでは、何かを本気でやっていると、志を同じくした人たちがマグネットみたいにつながってくるんです。
昔は大組織にも遊びの部分があり、それなりに人生をまっとうできました。しかし、環境が激変したいまは、自分で「けもの道」を見つけ、やりたいことと仕事を一致させていくしかありません。そのとき道具立てになるのがネットの世界です。
私自身、ものを書くことやコンピュータなど、自分が好きなこと以外はからきしダメな人間でした。そこで、波長の合うロールモデル(お手本)を選び続け、好きな仕事を探して生きるという道を歩きはじめました。
経営コンサルティングの世界に入ったのも、シリコンバレーに行ったのも、ネットの黎明期に関わったのも、興奮のるつぼの中に身を置きたかったからです。僕は内側から何かを生み出せる人間ではありません。創造的なアウトプットには、外界からの刺激が必要なんです。
シリコンバレーから世界的企業が生まれた要因をひとつ挙げるとすれば、シリコンバレーでは、20代の若者が途方もない夢やビジネスアイデアを語っても、「面白い。ぜひやれ」と大人たちが言ってくれる風土があるということでしょう。実際、世界的企業となったシリコンバレー企業は、いずれも20代の若者がつくった会社です。アメリカ国内でも、こうした風土を持った地域は他にありません。
若者と接する時間を積極的につくっています。日本の10年、20年は彼らにかかっていますから。それで、自分の時間の使い方の優先順位を強引に変えたんです。彼らと接するようになってわかったのは、「自分たちが同じ歳のころよりも優秀だ」ということでした。とくに、インターネット元年の1995年に20歳だった1975年以降に生まれた世代には、大きな期待感が持てると感じました。
天才は別にして、与えられた仕事をちゃんとやらないで不満ばっかり言っているような人は伸びません。どうしてもやりたいことがあるなら、起業するという手だってあるのですから。
自分の持ち場で成果を出して、会社から「こいつは大事な人間だ」と思われることが大切です。僕が外資系企業のコンサルティング会社に勤めていたとき、サンフランシスコの事務所に1年間転籍させてほしいと申し出たことがあります。結局、それがOKになってシリコンバレーに住めるようになったわけですが、自分が「会社にとって大事な人間」でなかったら、そんなチャンスはもらえなかったと思います。
僕の職業選びの基準は、それが得意か不得意かではなく、それが朝から晩まで情熱を傾けられるかどうかです。だから学生時代、プログラミングが楽しくて楽しくて仕方がないという仲間たちを見たとき、「自分はそこまで没頭できない。エンジニア以外の道を探そう」と思ったんです。
40件中1-30件を表示
次のページ ▶
梅田望夫 (うめだ もちお、1960年 - )は、日本の情報技術 IT企業経営コンサルタント。シリコンバレーに在るコンサルティング会社ミューズ・アソシエイツの社長。 1960年生まれ。 慶應義塾大学工学部卒業。 東京大学大学院情報科学修士課程修了。 1997年、ミューズ・アソシエイツをシリコンバレーで創業。 2000年7月、岡本行夫氏ほかとシリコンバレーにベンチャー・キャピタル、パシフィカファンド設立。 2005年3月、株式会社はてなの取締役(非常勤)に。 シリコンバレーは私をどう変えたか (2001年、新潮社) ウェブ進化論 ISBN 4480062858 (2006年、ちくま新書 筑摩書房) シリコンバレー精神 ISBN 4480422536 (「シリコンバレーは私をどう変えたか」を改題増補、2006年、ちくま文庫 筑摩書房)
ランダム
アルフレッド・スローンの名言6件 マイケル・デルの名言28件 嶋田隆司の名言4件 前田育男の名言7件 小林靖弘の名言7件 阿多親市の名言6件 前田修司の名言18件 マルク・シャガールの名言4件 西岡正浩の名言4件 ジョージ・フォアマンの名言13件 ファーガソンの名言1件 ハリエット・ロックリンの名言1件 田中優の名言2件 ケヴィン・ベーコンの名言2件 五日市剛の名言3件
ランダム表示
世界の偉人・有名人の名言集・格言集まとめサイト!
仕事、恋愛、努力、スポーツ、アニメ等の心に残る有名なひとこと、英語名言、語録多数収録!
名言info