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北条重時の名言66件

何ごとにつけても良いことがあれば次にまた悪いこともおこるもので、その点をよく考えて悪い事の起らぬ先に注意することが肝心である。また、悪いことがあれば次には良いこともあるはずだと思って、心を静めなさるがよい。生まれ出る喜びがあれば、必ず死する悲しみがあり、悲喜こもごも到来するのである。
思わぬ失敗をしたり、不慮の災難に遭ったりなどして嘆かわしいことが起こってきたとしても、むやみに嘆き悲しんではいけない。これも前世の報いだと思って、早く諦めるがよい。
楽しいときでも、悲しい時でも、無常の心持というものを忘れてはならない。それについて、いかにして楽しくなったか、何ゆえにわびしいかなどと、因果の道理を考えてみるがよい。生死の常ならざることを思い定めておくがよい。
考えてみると、世の中の出来事はすべて儚いものであって、夢の中でさらに夢みているようなものだ。昨日見た人も今日はあの世へ旅立ってしまったり、今日ある人も明日の命がおぼつかなく思われ、息するたびに人の寿命は縮まって行く。朝でた太陽も夕べには山の彼方へと沈んで行き、夕暮れより浮かぶ月の影(月の光)も明方よりは薄れて消え、咲き誇って見える花もやがて吹く風を待っては散って行く。そんなことから考えてみて、姿あるものが滅び行くのは、人間のみならず、万物に共通したところだろう。
人は必ず死ぬものであり、空しく死んでしまったら、生き残った者から思い慕われることもない。生前の心を慎み深く修養しなければならない。
生死のことについ、はっきりと覚悟を決めておかなければ、たとえ孝行をしたいと思っても、親のない後はどうにもしがたく、死別の後はたとえ肉親であっても逢うことができない。
奉公や宮仕えをすることがあるならば、百千人の多人数の者とそれぞれ気安くまじわるようなことをせず、ただただ、お仕え申す主人の御事のみ大切に思いなさい。主の御為には、命をも、いかなる宝をも、惜しんではいけない。
宮仕えをしていても、他家のことを思わず、わが身の行ないと思って、仕事をしなさい。
お客に対して料理など出す場合があったなら、人に差し出す分よりも、自分に多くするようなことがあってはならない。だからといって、ことさらに少なくするのもわるく、程々にしなければならない。
道理の中に非道理なことがあり、また、非道理の中に道理に適ったことが含まれているものだ。この点をよくよく心得ていてもらいたい。道理の中に非道理なことがあるというのは、わが身にとってどんなに道理のあることがらでも、そのために一生の不幸を招くほどのことではないのに、それを意地を張って通すことによって、他人が生涯の不幸を招くというような事柄があるとするなら、そのような道理を通して、自分のことばかり考えるのを、道理の中の非道理というのである。また非道理の中に道理に適ったことが含まれている場合があるというのは、たとえば、人の命を取りあげることは、非道理な事柄と見なされているが、命を取っても差し支えない者の命を助け、許してやるようにする。そういう場合はこれを、非道理の中の道理というのである。このように心得て、世の中をも人民をも救済するなら、それを見る人、聞く人は、感化を受け、また助けられた人の喜びはいかばかりであろう。
できるだけ素直な心になって、人の教訓を聞き容れるようにしなさい。教訓として物語るほどの事柄は、すべて悪い意味のものであるはずがない。だから10人の者の教訓に従うなら、良いことを10もすることになり、また、100人の者の教訓に従うならば、良い事柄を100する結果となる。
自分で読まなかったとしても、経書とか教訓書などの書物は、文字をよく知っている者を招いて読み講じさせ、側にいてそれを聴くといいだろう。それがすぐに身の知識とはならなくても、そのようなこともたびたび聴聞しなかったなら、知恵もつかず、心も偏狭になってしまうのである。
服装や身なりの注意として、どのような人からも、あまり汚ながられるようにはしないで、また、身分の低い者にまじわっても、適切にして、かけ離れたようにしてはいけない。見苦しい身なりの人の中にいて、決して派手な身なりをしてはならない。心ある人から物笑いの種となるような装いは、かたく慎むべきだ。
扇は、たとえ尊い方から立派なものを賜わっていても、自分では百文の金で三本も買えるくらいのものを持つといいだろう。衣裳のことについても、いろいろと選り好みをすべきではない。同輩の人たちよりも差し出た、きらびやかな物を着てはならない。
同僚などが、主人から見離されるようなことがあったら、わが身の上のこととも思って悲しむといいだろう。その人について、根も葉もないことを主人が仰せになるなら、適切に、良いように申し上げなさい。強いてお言葉に反対して、後々まで心憎く思われるようなことがあってはならない。
人がうしろ暗いと思っているようなことを、決して口に出してはいけない。良い事柄はどこまでも喜び好み、人の悪いことは口に出してはならない。
乱れ遊ぶとき、平常おとなしい人が気分をゆるして自由な振る舞いをするからといって、一緒になって狂いまわるのは、浅はかなことだ。よく心得て、そんなことのないようにしなければいけない。鵜の真似をする烏は溺れ死ぬ。むやみに人真似をすることは厳に慎むべきだ。狂い遊ぶことがあって、どんなに酒に酔っていても、自分よりおとなしい人がいる前では、着物の乱れにも注意して直すようにしなさい。どんなに騒がしく振る舞っても、精神だけはしっかりと保って、落度のないよう注意することが大切だ。
人の親か子どもか、また、男でも女でも、あの世へ旅立たれて、悲しんでいる家があるならば、その家の近くにいて、遺った人びとに聞こえるように笑うようなことをしてはいけない。悲しみは誰でも同じことであるから、同情して一緒に嘆き悲しんであげるほどの心を持ちなさい。
身分の低い者だとしても、道端にたくさん出ているときには、挨拶の一声もかけてやるといいだろう。そうしたからといって、少しも損はない。身分の低い人々から、あれこれいわれるのは、なんとしても残念ではないか。
殺したからとて、自分らになんらの利益もない生き物の命を、むやみやたらに殺してはいけない。生き物の姿を見ては、それがなんであるかにかかわらず、憐みの心をもって接してあげなさい。たとえ小さな虫けらでも、命の惜しい点では、人と変わらぬものだ。わが身にかえても、生き物を助けるようにしなさい。
自分の用事は後回しにしてでも、人の用事は聞き届けるといいだろう。また、人に用事を命じるときには、なるべく差しひかえて、仕方のない用件以外には人を使わないようにしたい。別に忙しくなさそうな人に対しても、遠慮して斟酌(しんしゃく)することを忘れてはならない。しかしながら、あまりに殊更らしく振る舞うと他の者も用事をいってこなくなり、面白からぬことになる。それゆえ、よくよく思慮をめぐらしなさい。大きな用事であっても、人から頼まれたことは、よく聞き届け、自分はなるべく人に小さな用事を頼むようにしたい。
自分にとって気持ちの良い人によく振る舞い、悪い気持ちを抱かせる人に辛くあたるのは、とてもよくない態度だ。畜生の犬などは、可愛がられる人には尾を振ってなつき、反対にいじめられる人には逃げて吠えまわるが、人と生まれた以上は犬などとは違い、自分に対して良い人にはもちろんのこと、悪い人に対してもよく接するようにすれば、そのうちに、悪い人もだんだんと心を改めて行くようになる。もし、改心せず、そのままの気持ちであっても、神仏は御憐み下されるし、また、それを見たり聞いたりする人は、同情の心を寄せるであろう。
現世で人に悪く接したとすれば、来世では反対に人から悪く扱われる。因果応報。その因果の道理をよくわきまえて、悪い人にもよく接するようにしなさい。人から良く思われるならば、わが行末をよろこんでくれるし、人から悪く思われるならば、わが行末を恨まれるだろう。
人から物を頂いたり、役目などを仰せつかったりすることがあったならば、仰せに従う際に、よくその心持ちを推し量らなくてはならない。
生まれ出る喜びがあれば、また、必ず死する悲しみがあり、悲喜はこもども到来するのである。昔の塞翁という人は、この意味をよく知って善悪禍福に対する心構えを定めた賢い方であった。これは、未来に対しても同じことである。
60歳にもなれば、何事をもうち捨てて、一度唱えるたびに後生一大事ということを祈願して念仏を唱えるといいだろう。それくらいの歳になれば、たとえ子が亡くなり孫を失っても、浮世の無常に気を落とすことなく、ますます道のために努力し、我々はこの世にないものだと覚悟して、すべての煩悩を思い切るといいだろう。(この世を去った)親や子のことを思っても、無常の風にひとたび誘われた人は、再びこの世へ帰って来ることはないのである。
心がけのよい人は、縁が尽きて別れるようなことがあっても、別によい縁が早く見つかるだろう。どこに住んでも、何事を行なっても、優しい人だといわれるような心こそ、最も望ましいことだ。そのような人には、神仏も御憐れみの心を垂れさせ給い、今生も後生もめでたく送ることができるのである。
女子供だからといって、決して軽く扱うべきではない。天照大神様も女神であらせられるし、また、神功皇后も御后様であられ、しかも三韓出兵という大業をなされ給うたのである。なお、幼い者とても軽く扱うべきではない。老いたる者に頼ってはならず、また、若い者にも頼ってはならない。心を正直にして、君を尊崇し民を可愛がる者こそ、聖人と称していいのだ。
どのように善行をしても、自分でそれをよくしたと考えたり、人にも優れていると誇る心を起こしたりするならば、天魔の家来にも等しい者となって、少しの利益もないのみならず、罪深きこととなって、悪業をする結果ともなるのである。
すべてにわたって良い点ばかりの者はいない。たとえひとつでも良いところがあれば、それでよしとし、人を選ぶに際し、あまり不平をいってはならぬ。自分の気だてについて考えてみても、自分で良いと思うときもあれば、悪いと思うときもある。人の心がどうしてそのまま自分の心にぴったりと当てはまることがあるだろうか。
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北条重時(ほうじょう しげとき、1198年7月11日(建久9年6月6日 (旧暦) 6月6日) - 1261年11月26日(弘長元年11月3日 (旧暦) 11月3日))は、鎌倉時代の幕府連署である。父は2代執権の北条義時、母は比企朝宗の娘。兄弟に北条泰時、北条政村ほか。子に北条長時、北条時茂、北条義政、安達泰盛の室となった娘ほか。極楽寺殿とも呼ばれる。初代執権・北条時政の孫。尼将軍・尼御前と呼ばれた北条政子の甥にあたる。 1219年(承久元)に侍所別当となり、1230年(寛喜2)には京都で六波羅探題北方を務める。1247年(宝治元)に5代執権北条時頼らが三浦氏を滅ぼした宝治合戦の後に鎌倉へ呼ばれ、連署となり時頼を補佐する。1256年(康元元)に出家して引退し、極楽寺に住む。1261年に死去、享年64。
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