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安岡正篤の名言119件

道楽・・・道を楽しむということより、道が楽しいのである。これをつきつめると「極道」ということになる。私はいい意味において道楽者である、極道者であることを楽しみとする者である。
道は近きに在りとは名言である。人は高遠な理論や、煩瑣(はんさ)な社会的交渉の前に、あるいはその根本において、常にまず我れ自身、我が日常の生活を注意せねばならぬ。
人間というのは本当に心の問題である。
寸陰を惜しむ。こういう心がけを持てば、どんな境地にあっても勉強のできないことはありません。
貧窮に処する程快活にしよう。窮すれば通ずる、また通ぜしめるのが、自然と人生の真理であり教えである。
有名無力、無名有力
禍か福か、人間の私心で分かるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。
苦しんで開拓したものでなければ本物ではない。人並みの努力をしたのでは秀れた者にはなれない
書を読むの際は、生きた人生に連想が及ぶことが必要だ。それを頭がひらめくと云う。学問が身についてきた証拠だ
学問は人間を変える。人間を変えるような学問でなければ学問ではない
人間は環境を作るからして、そこに人間の人間たる所以がある。人物が偉大であればあるほど、立派な環境を作る
「利は義の和」である。道義を実践していくことが、結局、大利になるのだ。
一日二十四時間、朝があり昼があり夜があるというのは死んだ機械の一日にすぎない。活きた時間は朝だけ、換言すれば、本当の朝をもたなければ一日は無意義だということだ。朝を活かすことから人生は始まる。
一人の人間の死後に残り、思い出となるのは、地位でも財産でも名誉でもない。その人の心・精神・言動である。
人間は学び続けなければならない。学ぶことをやめたら、人間でなくなる。
幸福な人生とは、その人が一生の間にどれだけ「幸せだ」という感情を持つ事ができるかによって決まるもの。こう考えると、順風満帆の時もそうでない時も、その時、「どう感じるか」が重要になってくる。つまり、いま、この瞬間をどう思うかなのである。今を幸せと感じられれば、人生は「いま」の連続体なのだから、一生が幸せなのである。
人間なにが悩みかというと、自分が自分を知らざることである。人を論じたり、世を論じたりすることはやさしいが、自分を論じ、自分を知るということは、実はこれが一番大事であるにかかわらず、なかなか難しいことである。人間は、先ず自分を責むべきであって、世の中や時代を責むべきではない。世の中が悪い、時代が悪いというのならば、そういう時世に対して、一体自分はどれだけ役に立つのか、それをどう解釈し、それに対してどういう信念・情熱を持っているのか、よく自分を責めるがよい。
一、互いに明朗闊達なるべし 一、盛んに研究討論すべし 一、人に対して謙虚なるべし 一、事に当たって正義を立つべし 一、自ら処するに敏なるべし
徳とは無類の明るさのことである。
愚直で、少々頭も悪く、小才も利かぬ、そんな人間の方が、根が真面目なだけに、修養努力して大人物になることが多い 。
最後まであきらめなかった人間が、成功しているのである。
知識・見識・胆識の三識が兼ね備わってはじめて人物の器量となる。
どんな一事、一物からでも、それを究尽すれば、必ず真理に近づいていき、ついには宇宙、天、神という問題にぶつかるものだ
思想家
よい人に交わっていると、気づかないうちによい運に恵まれる
人は憂えなければ人物が出来ない。憂患を体験し、悩み抜いてきて初めて、人物も余裕も出来てくる
道は近きに在り
成功は常に苦心の日に在り、敗事は多く得意の時に因ることを覚るべし
事業などをやる時はなおさらのこと、私生活でも、病気をした場合などの医者にかかるとか、困った時はどの友だちに相談するとかいうふうに、いつでも意中に人の準備がなければいけません
人を観るときは、前より後ろから観るのがよい。前はつくろえるが後ろは誤魔化せないからだ。後ろ姿の淋しいというのは何よりもよくない。逆だと人間ができたのだ。
人間は自得から出発しなければならない。人間はいろんなものを失うが、何が一番失いやすいかといいますと、自己である。人間はまず自己を得なければいけない。人間はまず根本的に自己を徹見する。これがあらゆる哲学、宗教、道徳の基本問題である。
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安岡 正篤(やすおか まさひろ、1898年(明治31年)2月13日-1983年(昭和58年)12月13日)は陽明学者・右翼思想家。 現在の大阪市中央区 (大阪市) 中央区生まれ。少年期、母、近所の神社のおじさんなどから、四書五経の素読を授ける。1922年(大正11年)に東京大学 東京帝国大学の卒業記念として執筆され出版された『王陽明研究』が反響を呼ぶ。文部省に入省するも半年で辞し、「東洋思想研究所」を設立、当時の大正デモクラシーに対して伝統的日本主義を主張した。拓殖大学東洋思想講座講師をする傍ら『日本精神の研究』『天子論及官吏論』などの著作を発表し、一部華族や軍人などに心酔者を出した。27年酒井忠正の援助により「金鶏学院」を設立し、31年には三井・住友など財閥の出資により埼玉県に「日本農士学校」創設し、教化運動に乗り出した。
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