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森信三の名言60件

人生二度なしという真理ほど、われわれ人間をして人生の深刻さに目覚めさせる真理は、ほかに絶無と申してよいでしょう。
キレイごとの好きな人は、とかく実践力に欠けやすい。けだし実践とはキレイごとだけではすまず、どこか野暮ったく、泥くさい処を免れぬものだからです。
しつけ三原則──「ハイの返事」「あいさつ」「はきものをそろえる」
凡事徹底
縁は求めざるには生ぜず。内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。
人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。
先の見通しがどれほど利くか。どれほど他人の気持ちの察しがつくか。何事についてもどれほどバランスを心得ているか。この三つで人間の知恵は一応わかる。
人間は逆境に逢うと10年も続くと思うが、せいぜい3年間だ。 その間、じたばたせず、脇目もふらず、すたすたと自分の道を進むことだ。
結果こそ現実であって、願望や意図だけでは、いかにそれが真摯かつ熱烈であろうとも、結局はたんなる主観的概念に過ぎない。
いわゆる知識と呼ばれるものと、生きた知恵とは、別ものであって、世の中で事業に成功してゆくのは、後者、すなわち生きた知恵を多くもっている人だといってよいでしょう。
批判は、どこまでも「建設のための批判」であるべきであって、もしそうでなくて、いわゆる「批判のための批判」にとどまるとしたら、その時批判は、必然に現実から遊離して、一種の観念的空論に終わることになりましょう。
交友関係のすべてを通じて、何が一番大事かと尋ねられたとしたら、わたくしは、言下に「それは“信義”というものであり、そして“信義”とは、お互いに相手方を信じて裏切らないことだ」と答えることでしょう。
すべて人間というものはたとえ頭脳は大した人でなくてもその人が真に自覚さえすれば一個の天地を開くことができるものです。
教育とは厳粛で崇高な仕事なのです民族の文化と魂を受け継ぎ伝えていく大事業なのです。
教師がおのれ自身あかあかと生命の火を燃やさずしてどうして生徒の心に点火できますか。
教師を志すほどの者が自分一箇の人生観、世界観を持たなくてどうするのです。眼(まなこ)は広く世界史の流れをとらえながらしかも足元の紙くずを拾うという実践をおろそかにしてはなりませんぞ。
いつまで甘え心を捨てえないのですか。この二度とない人生をいったいどのように生きようというのですか。
人間はおっくうがる心を刻々に切り捨てねばならぬ。そして齢をとるほどそれが凄まじくならねばなるまい
教育とは流水に文字を書くようなはかない業である。だがそれを巌壁(がんぺき)に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ。
教育とは教師と子どものいのちの呼応である
教育とは人生の生き方のタネ蒔きをすることなり
人間の値打ちというものはその人が大切な事柄に対してどれほど決心し努力することができるかどうかによって決まる。
感激とか感動とかいうものは、その人の魂が死んでいない何よりの証拠です。ですからわれわれ人間は感激や感動のできる間はまだその人は進歩する可能性を持っていると言ってもよいでしょう。
学校の再建はまず紙屑を拾うことから。次には靴箱のカカトが揃うように。真の教育はこうした眼前の些事からスタートすることを知らねば一校主宰者たるの資格なし。
人間の偉さは才能の多少よりも己に授かった天分を生涯かけて出し尽すか否かにあるといってよい。
人間には進歩か退歩かのいずれかがあってその中間はない。現状維持と思うのは実は退歩している証拠だ。
一生を真に充実して生きる道は結局今日という一日を真に充実して生きる外(ほか)ないでしょう。
一日の予定を完了しないで明日に残して寝るということは畢竟人生の最後においても多くの思いを残して死ぬということです。
自己に与えられた条件をギリギリまで生かすことが人生の生き方の最大最深の秘訣である。
内面的に強くなることです。他の一切のことはすべてそれからのことです。
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森 信三(もり しんぞう、1896年9月23日 - 1992年11月21日)は哲学者・教育者。 1896年(明治29年)、愛知県、知多半島の武豊町 武豊(たけとよ)に父・端山(はしやま)俊太郎、母・はつの三男として生まれる。2歳で岩滑(やなべ、現在の半田市)の森家に養子に出され、以来森姓となる。 1923年(大正12年)、京都帝国大学 京都大学哲学科に入学し、主任教授西田幾多郎の教えを受け、卒業後は同大学大学院に籍を置きつつ天王寺師範学校(現大阪教育大学)の専攻科講師となる。1939年(昭和14年)に旧満州の建国大学に赴任するが、敗戦後の1946年(昭和21年)に帰国、1953年(昭和28年)、神戸大学教育学部教授に就任。同大学退官後の1965年(昭和40年)には神戸海星女子学院大学教授に就任。1975年(昭和50年)「実践人の家」建設。1992年(平成4年)逝去。おもな著書に『修身教授録』『哲学叙説』『恩の形而上学』などがある。ちなみに「信三」は戸籍上は「のぶぞう」と読み、「しんぞう」は戦後帰国した際に他人が読みやすいという理由から名乗った通称である。
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