名言info

陰山英男の名言103件

勉強とは何か。それは「集中する練習」です。これは「人は何のために勉強するのか」という問いに対して、長年教壇に立ち続けた末に辿り着いた、私なりの答えです。集中するとは、脳を最大限に使うことです。文章を読んだり、数式を計算したり、英単語を覚えたりといった作業は、いずれも脳をトレーニングすることにつながります。日本人は学校で勉強することを当たり前のように思っているから、そこでの学びが持つすごさを感じていないのでしょう。しかし、学校での勉強を通じて知らないうちに身についた基礎力は、大人になってからもその人の人生を支えていくことになるのです。
勉強で基礎というと、多くの人は「知識」のことだと考えますが、より重要なのは「能力」を身につけることです。勉強すると脳が持つポテンシャルが高まり、力が蓄えられていきます。
集中というのは、一定時間内により多くの作業をこなすことを意味します。つまり、「時間」と「量」という二つの要素から成り立っている。ですから、勉強をする時は、その両方をセットにして目標を立てなくてはいけません。時間だけでも、量だけでもダメ。「今日は教科書を5ページやりましょう」、あるいは「今日は一時間やりましょう」ではなく、「今日は5ページを1時間でやりましょう」という目標設定をしないと、集中は得られないし、本当に効果のある学習にはなりません。
「ここまで勉強すれば東大に入れます」と言われたら、ある人は「受験まであと2000時間あるから、それまでに習得すればいい」と考えるかもしれません。しかしそこで「これを800時間で習得しよう」という発想こそが、将来社会人になったときに生きる学習となります。
人間には、1日24時間しか与えられていません。そこから寝食に必要な時間を引いたら、使える時間は思った以上に少ない。限られた時間をいかに効率的に使うかを考えることも、これからの時代の社会人には必要なことです。
集中力を養うためには、時間と量の目標を決めて、できるだけ高速で処理するトレーニングをする必要がありますが、ここで重要なことがあります。それは難しいことではなく、簡単なことをやらせること。私が授業で百ます計算を実践してきたのは、そのためです。
人間の精神力の根源は、思い出です。とくに子供の頃の思い出は、大人になってからも大きく影響します。社会に出て壁にぶつかったとしても、「あのときも、できそうもなかったことをやり遂げたじゃないか」という思い出があれば乗り越えられる。学力とは、つまるところ「人生を強く生き抜く力」や「苦労を耐えて乗り越える力」だと私は考えています。それを体験的に身につけることこそ、学校で勉強をする意味なのだと言えます。
「年齢を重ねると記憶力や思考力が低下するのでは」と考える人もいますが、学校のテストのように点数や順位をつけるわけではないのですから、そこを気にしても意味はありません。大人の学びで問われるのは、必要な知識や能力を得られたか、得られなかったかという結果だけ。目の前にやらなくてはいけないことがあるのに、「私は地頭が悪いので、これを学ぶのは諦めます」という大人は普通ならいないでしょう。この「やらなくてはいけないこと」は、人によってマネジメント理論だったりコミュニケーション術だったり英語だったりとさまざまでしょうが、いずれにしても、自分に実益があることなら本気で勉強することはできるはずです。
大人の勉強を成功させるには、いくつかポイントがあります。まずは、学びの対象をひとつに絞ること。あれもこれもと同時に手を出さず、ひとつのことをずっと考え続ける状態にするのです。そうなれば、実際は勉強していない瞬間でも、常に脳細胞は刺激されている状態になります。
「勉強のテーマは絞ったが、具体的にどんな学習法や教材を選べば良いかわからない」という人は、憧れの先生を持つことをお勧めします。「自分もこういう人になりたい」という人を探して、その人から学ぶようにするのです。身近にいる人であれば、直接話を聞いて、本人がこれまでどのような学習をしてきたのか教えてもらうと良いでしょう。憧れの対象が名のある経営者や専門家であれば、その人が書いた著作を読むのもいいし、講師を務めるセミナーや勉強会に出席するのもいいと思います。なぜ憧れの人から学ぶのが良いかというと、まずは知的好奇心のスイッチが入りやすいこと。そして、目標とする像が具体的なので、自分が努力すべき内容も明確になるからです。
大人の勉強で非常に大事なことがあります。それは、お金をかけること。本気のスイッチを入れるには、これが一番簡単な方法です。お金をかければかけるほど、人はその分の学びを確実に得ようと必死になる。もしお金をかけるのをためらうとしたら、それはあなたが本気で学ぼうとしていないということです。私は教師になりたての20代の頃は、ひと月に5万円ほどを書籍代に費やしていました。当時の月給が15万円程度でしたから、かなりの出費です。しかし、より良い授業を実践するために参考になると思えば、惜しみなく書籍にお金を注ぎ込みました。その頃に投資したお金が、教師としての私のキャリアの礎を形成し、今では使ったお金の何百倍、何千倍にもなって返ってきています。
お金の使い方や稼ぎ方、貯め方は、突き詰めれば「どのような人生を送りたいか」という問題につながります。たとえば年収が500万円として、それで書籍を買うのか、趣味に使うのか、定期預金にするのか、株に投資するのか。どれを選択するかで、その人の生き方は確実に違ってきます。
自分自身がお金を通じて先を見通す視点・視野を持っていれば、家計はもちろん、本人が精神的にも安定します。そうした状態を作っておかないと、いつかやってくる人生の荒波に対処することもできません。
会社で安定した地位に留まるべきか、あるいはリスクもあるが将来性もあるベンチャー企業に転職して自分の可能性にかけてみるか、といった判断を迫られることもあるかもしれません。その時、「お金のことが心配だから転職はやめておこう」と考えるのか、「お金のことは自分で何とでもできるから、思い切って挑戦してみよう」と考えるのか。いずれの決断を下すにしても、お金の問題を常日頃から見定めていなければ、納得のいく選択は難しくなるでしょう。
日本では、お金について語ると、卑しいとか下品だとか言われがちですが、現代人が自立した人生を歩むために、お金の知識は絶対的に必要です。むしろ、大人が一番に学ぶべきはお金についてであると個人的には考えているほどです。
自分は何のために学びたいのか、そして学びから得た知識を活かしてどんな人生を送りたいのか。その根本的なテーマに正面から対時しない限り、どんな学びも無駄になってしまうということを、大人たちは肝に銘じる必要があると思っています。
大人の学びはとてもシンプルです。自分にとって必要だと思うことを学べばいい。
思想や哲学というものは、最終的に自分の頭の中で言葉を使って考えますよね。つまり、たくさんの本を読んでたくさんの言葉や理論、理屈を知っておくというのは、まさしく自分独自の考え方や哲学をもつための材料になってくるわけです。つまり、読む本は少ないより多い方がいいし、簡単なものより難しいものの方がいいということになります。
私たちが生活していくうえで、昔のように読書時間を多く持てないことも事実です。たとえば明治の文豪のような読書の仕方、文章の書き方は理想的ではありますが、真似できるものではありません。また、いまはパソコンがありますから、知識量も100年前に比べて何百倍にもなっています。そうすると読む本を必然的に絞らざるを得ません。となると、どのような方向性で読むのかが大事になります。
私の場合、最も多く本を読んでいたのは高校生時代で、とくに哲学書をたくさん読みました。サルトル、ハイデッガー、ニーチェなど。当然、難しいのでわかった気になっていた部分は多々ありますが、それでも大学受験の際に倫社の受験勉強をしなくてすんだくらいです。このとき、難しい言葉に耐えながら読む力が鍛えられたと思います。
教師になってすぐ、安月給にもかかわらず、ひと月に5万円くらいを書籍購入代に充てていました。30過ぎぐらいまでこうして多読した時期が続きましたが、そのうち私も家庭をもって子供ができたため、あまり本にお金をかけられなくなりました。そこで、もっとストレートに子供に関わりつつ、読む本を最小限にしようという方向に切り替えました。
教師にとって面白いものは、子供にとっても面白いんですよ。自分自身が知的好奇心の塊となり、知的欲求にしたがって読書をしてみると、それは教育書よりも教師の仕事に役立ちました。
私も自己啓発本を読むことはありますが、それは社会人になっても道徳の本を読んでいるようなものだと思います。それ以上に、私の生きる原理、仕事の原理には面白いということがあります。その面白いことをどう膨らませ、どう役立てるのかが重要です。
家庭においては読み聞かせをして、本を身近に置いておく、ということをしていました。一番重視したのは、読みたくなるであろう本を身近に置いておくことです。たとえば、まだ小さいうちには絵本をたくさん。小学生のころには子供向けの新聞を購読していました。また、夏休みには家族そろって図書館に通って、一人4冊まで借りられたので家族5人で全部で20冊、いつも目いっぱい借りてきました。その20冊をすべて並べておく本棚をつくっておくんです。それを目につくところに置いておき、好きなときに好きなだけ読む。全部必ず読まなければならないというわけではありませんが、そうしておけば全然読まないということはないものです。
活字嫌いの子については、よく私も親御さんから相談されることがあります。その場合、本をそっと目のつくところに置いておき、しばらく放っておくこと。子供というのは、暇があれば手近にあるものを読むものです。それが30分とか1時間読んでみると面白さに浸れるようになるのです。このアドバイスを受け入れて実践してくださったご家庭で、数年後に、やっと読むようになりましたと報告がありました。
我が子に読書習慣をつけさせたいと思ったら、親が働き掛けることは重要です。とくにいまは本以外の娯楽がたくさんありますから、親の働きかけがないとなかなか難しいのではないでしょうか。
親が押しつけて「ためになるから本を読みなさい」といっても、子供はまず読みません。人生を豊かにするためのひとつの営みとして、自然に親しむように誘導してあげて欲しいと思います。「いつでもどこでも本に目が行くよう、小さな本棚を家のなかにいくつもつくる」というコンセプトを知り合いに話したところ、子供の目につく場所に本棚を置いてみようと、トイレのドアの正面に本棚を置いてみたそうです。するとトイレから出たあとは必ず本に目が行き、自然と読むようになったそうです。
私の場合、高校時代に哲学書を読んだことは、答えの出ない問題に挑戦する訓練になりました。抽象的な言葉のやりとりだけで真理を探っていく哲学は、教育の現場でも、何か提言するときでも、ものごとを探るベースになっています。
限られた時間で読書から最大限の効果を生むためには、いまの自分に何が必要かを考えることだと思います。そこから導き出される本が本当に必要とする本です。
人から見れば多くのことに手を出していると思うかもしれませんが、私としては「周囲が求めることに応え、穴を埋める存在になる」という、非常に合理的な生き方を追求してきただけなのです。その結果、教師としてユニークなポジションを得ることができたのは、自分でも面白いなと感じています。「家を売る教師」なんて、日本中を探しても私くらいでしょう(笑)。「自分には突出した強みがない」と考え、ゼネラリストを目指していた人間が、最終的には唯一無二の個性を手に入れたのだから不思議なものです。
103件中1-30件を表示
次のページ ▶
陰山 英男(かげやまひでお、1958年~)は、兵庫県出身の小学校現場の教育者。 岡山大学法学部を卒業後、佛教大学の通信過程で教員免許を取得。兵庫県内の小学校で教員を勤める。 朝来市 朝来町立(現在は合併により朝来市立)山口小学校在職当時、同僚、父母なども巻き込んで基礎学力向上のためのメソッドの開発を進め、岸本裕史が提唱した百ます計算やインターネットの活用、科学実験、そして日常の生活を見直すチェックシートの活用など、さまざまな工夫を重ねて、成果を上げる。教え子の多くは、学校自体が山間部にあり、比較的田舎の学校であったにもかかわらず、その後国公立大学に進学し、その割合は類を見ない高率で、その後、教育実践がメディアで紹介されるようになる(陰山英男『「陰山学級」学力向上物語』PHP研究所に詳しい)。
ランダム
鳥越慎二の名言6件 チャールズ・ラムの名言5件 高柳和江の名言4件 ハーバートの名言8件 橘フクシマ咲江の名言49件 石渡美奈の名言54件 秋草直之の名言5件 荻原博子の名言22件 樋渡啓祐の名言16件 いしぜきひでゆきの名言6件 加藤文太郎の名言1件 マッティーアス・クラウディウスの名言1件 O・ヘンリーの名言3件 谷村裕の名言1件 呉由姫の名言1件
ランダム表示
世界の偉人・有名人の名言集・格言集まとめサイト!
仕事、恋愛、努力、スポーツ、アニメ等の心に残る有名なひとこと、英語名言、語録多数収録!
名言info