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太宰治の名言1407件

好きと口に出して言う事は、恥ずかしい。けれども、その恥ずかしさに眼をつぶって、怒濤(どとう)に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛情の実体があるのだ。
私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、いま真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま、私の背後を走っているようです。笑い話にもなりません。
(愛の言葉を叫ばずに)黙っていられるのは、結局、愛情が薄いからだ。エゴイズムだ。どこかに打算があるのだ。あとあとの責任に、おびえているのだ。そんなものが愛情と言えるか。
どうせ露見する事なのに、一日でも一刻でも永く平和を持続させたくて、人を驚愕(きょうがく)させるのが何としても恐ろしくて、私は懸命に其(そ)の場かぎりの嘘をつくのである。私は、いつでも、そうであった。そうして、せっぱつまって、死ぬ事を考える。
僕を非難する人よりは、死ね!と言ってくれる人のほうがありがたい。さっぱりする。けれども人は、めったに、死ね!とは言わないものだ。ケチくさく、用心深い偽善者どもよ。
旅行に於(おい)て、旅行下手の人の最も閉口するのは、目的地へ着くまでの乗物に於(お)ける時間であろう。すなわちそれは、数時間、人生から「降(お)りて」居るのである。それに耐え切れず、車中でウイスキーを呑み、それでもこらえ切れず途中下車して、自身の力で動き廻ろうともがくのである。
所謂(いわゆる)「旅行上手」の人は、その乗車時間を、楽しむ、とまでは言えないかも知れないが、少なくとも、観念出来る。この観念出来るということは、恐ろしいという言葉をつかってもいいくらいの、たいした能力である。
旅行は元来(人間の生活というものも、同じことだと思われるが)手持ち無沙汰なものである。朝から晩まで、温泉旅館のヴェランダの籐椅子に腰掛けて、前方の山の紅葉を眺めてばかり暮すことの出来る人は、阿呆ではなかろうか。何かしなければならぬ。
オリジナリテというものは、胃袋の問題でしてね、他人の養分を食べて、それを消化できるかできないか、原形のままウンコになって出て来たんじゃ、ちょっとまずい。消化しさえすれば、それでもう大丈夫なんだ。
卒直なんてものはね、他人にさながら神経のないもののように振舞う事です。他人の神経をみとめない。だからですね、余りに感受性の強い人間は、他人の苦痛がわかるので、容易に卒直になれない。卒直なんてのは、これは、暴力ですよ。
やはり小説を書くほどの男には、どこか、あっさりしたところがある。イナセだよ。モオツアルトを聞けば、モオツアルト。文学青年と逢えば、文学青年。自然にそうなって来るんだから不思議だ。
代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。
勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ。
学校っていやなところさ。だけど、いやだいやだと思いながら通うところに、学生生活の尊さがあるんじゃないのかね。パラドックスみたいだけど、学校は憎まれるための存在なんだ。
本当に偉い人は、(説教などせず)ただ微笑してこちらの失敗を見ているものだ。けれどもその微笑は、実に深く澄んでいるので、何も言われずとも、こちらの胸にぐっと来るのだ。ハッと思う、とたんに目から鱗(うろこ)が落ちるのだ。本当に、改心も出来るのだ。
自分が絶世の美男子だったら、ひとの容貌なんかには、むしろ無関心なものだろうと思う。ひとの醜貌に対しても、頗(すこぶ)る寛大なものだろうと思う。ところが僕のように、自分の顔が甚(はなは)だ気にいらない者には、ひとの容貌まで気になって仕様がないのだ。さぞ憂鬱(ゆううつ)だろうな、と共感を覚えるのである。無関心では居られないのだ。
「友あり遠方より来(きた)る。また楽しからずや。」(中略)わが思想ただちに世に容(い)れられずとも、思いもかけぬ遠方の人より支持の声を聞く、また楽しからずや、というような意味なんだそうだ。決して、その主人が退屈して畳にごろりと寝ころんでいるのではなく、おのが理想に向って勇往邁進している姿なのだそうである。
よく考えてみると、いやしくも男子たるものが、たかが一家内のいざこざの為(ため)に、その全力を尽して奔走し、何か大事業でもやっているような気持で、いささか得意になっているというのは、恥ずかしい事である。
人間には、はじめから理想なんて、ないんだ。あってもそれは、日常生活に即した理想だ。生活を離れた理想は、――ああ、それは、十字架へ行く路(みち)なんだ。そうして、それは神の子の路である。
友人を待っていて、ああ、あの足音は?なんて胸をおどらせている時には、決してその人の足音ではない。そうして、その人は、不意に来る。足音も何もあったものではない。全然あてにしていないその空白の時をねらって、不意に来る。不思議なものだ。
「偉い人物になれ!」と小学校の頃からよく先生たちに言われて来たけど、あんないい加減な言葉はないや。何がなんだか、わからない。馬鹿にしている。全然、責任のない言葉だ。
「父」というものは、なんだか非常に大きくて、あたたかいものだ。キリストが、その悲しみの極まりし時、「アバ、父よ!」と大声で呼んだ気持もわかるような気がする。
地下足袋をはいてお庭を歩いてみたら、鳥やけものが、はだしで地べたを歩いている気軽さが、自分にもよくわかったような気がして、とても、胸がうずくほど、うれしかった。
人の話では、お妾(めかけ)は普通、用が無くなると、捨てられるものですって。六十ちかくなると、どんな男のかたでも、みんな、本妻の所へお戻りになるんですって。ですから、お妾にだけはなるものじゃないって。
私、不良が好きなの。それも、札つきの不良が、すきなの。そうして私も、札つきの不良になりたいの。そうするよりほかに、私の生きかたが、無いような気がするの。
この問題で一ばん苦しんでいるのは私なのです。この問題に就いて、何も、ちっとも苦しんでいない傍観者が、帆を醜くだらりと休ませながら、この問題を批判するのは、ナンセンスです。
ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。
ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。
(経済学は)人間というものは、ケチなもので、そうして、永遠にケチなものだという前提が無いと全く成り立たない学問で、ケチでない人にとっては、分配の問題でも何でも、まるで興味の無い事だ。
人間には生きる権利があると同様に、死ぬる権利もある筈です。僕のこんな考え方は、少しも新しいものでも何でも無く、こんな当り前の、それこそプリミチヴな事を、ひとはへんにこわがって、あからさまに口に出して言わないだけなんです。
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name 太宰 治 caption pseudonym birth_name 津島 修治(つしま しゅうじ) birth_place 青森県北津軽郡金木町 金木村(現・青森県五所川原市) death_place 東京都北多摩郡三鷹市 三鷹町(現・東京都三鷹市) occupation 小説家、作家 period 1933 - 1948 genre 小説 subject movement 新戯作派、無頼派 notable_works 走れメロス、斜陽、人間失格 debut_works 列車 spouse 津島美知子(1938 - 1948) partner children 津島佑子(作家)津島雄二(政治家)太田治子(小説家) relations 津島文治(兄・政治家) influences 芥川龍之介、泉鏡花、プロレタリア文学、井伏鱒二、佐藤春夫
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