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永野重雄の名言41件

人間は夢をもたねばならないが、それを実現すべく努力しなければならぬ。
企業はつぶれてはなんにもならない。不況になったら対策を考えるのは当然だ。民族には千年、万年の将来があるのだから、経営者はつねに新しい技術と設備が次の経営力をつくることを念頭におかねばならない
あまり秀才ばかり新日鉄に入れると、新日鉄の組織は弱体化し、バイタリティがなくなってしまう
仕事をしてゆくうえで、感謝の気持ちほど貴いものはない
タテ糸とヨコ糸がしっかりからみ合って、はじめて強い組織が出来上がるように、企業組織も、タテの関係のほかに緊密なヨコの連繋が必要である
会社でお茶飲んで話すだけなら、お互いに相手を理解し合うまでに一年かかる。酒の付き合いなら一ヶ月だ
いく度か出会った危機・困難を結局切り抜け得たのは闘志のおかげだ
(広畑製鉄所争奪戦での言葉)取れなければ腹を切る
人生にはプラス、マイナスの波がある。気持ちのスイッチでマイナスをプラスに変えなくては、人生の落伍者になる
いま思い出しても身の縮む思いがする。もう破産よりないというところまで、何度いったかわからない
君は夜逃げをしたことがあるか、社員の給料が払えず夜逃げをした人生体験がバネになる
小さな租織に入って門前の小僧で何でもやったことが、どんなに役に立ったかわかりません
(夜逃げの体験について)私の生涯で一番勉強になったのがこの時期です
九州に左遷されるといっても、あの不夜逃げの苦しみと比べたら楽なもの
若いうちの苦労は年取って花開く、左遷を栄転に逆転する
直線的に昇進せず、停滞したり、逆行したり、左遷させられた経験が大いに役立った
僕の長い人生でも、富士・八幡両製鉄の合併は、まさに心命を賭した大仕事だったな
私の信条 ー (師・松永安左衛門が書いたもの)孤高に陥らず 孤独を恐れず
ちょうど日本経済の縮図である。大石が大企業であり、中、小の石が無数の中小、零細企業である。中小企業は日本経済の旗手であって相互に支え、補完、調和する日本経済の礎石でもある。日本経済も、格好のいい企業や大、中企業だけならばバランスが崩れて第一次オイル・ショックや不況の衝撃で崩壊してしまい世界第二位のGNPを誇る工業国になれなかった
私ほど中小企業を理解している財界人は少ないと自負している。体験的に零細・中小企業者の心がわかるからで、『日本経済石垣論』である
世界一国論 ー これはシューマン・プランを拡大したもの。全世界が無関税になれば、農産物、工業製品、なんでも安く輸出入できるから、人類にとってこんなに幸福なことはない。それでも貧乏な国には、豊かな国が援助すれば済む
(ロバート・シューマン博士・後の首相について)シューマンはフランスではナポレオン以上の英雄
欧州欧州連合(EU)が誕生したように、「世界一国論」を訴える
不況を望むものではないし、いま痛い目にあっているが、(昭和)47、8年頃までの有頂天な状態が続いていたら日本は英国病にかかっていたでしょうね。米国もそうなんですが、やはり次の大きな抵抗力がなくなるから、その時の打撃は非常に大きい。その意味で、いまは引き締めの時なんですね。これは、次の時代にとってはいいことかもしれませんね
事業を成り立たせる秘訣は、結局、人間の信頼と企業力なんですね
やはり、人間同士を知るというのは、300人以下ですね。いまさら、軍隊の話もなんですが、例をとりますと、中隊単位です。隊長がおやじであとは家族、この範囲だと一人ひとりの気分までわかる。趣味から家族とか親戚を含めてね……。この範囲なら単位が固いからその単位を集めていけば、これが300倍になっても強いのです
人間というのはお互いを知ることから始まるんですね。企業でも人間の集団ですから同じなんです。ただ、これが千人、万人になってくると、なかなか記憶できない。ところが、300人ぐらいだと、だいたい覚えられるんですよ。この社員は甘党か辛党か、家族構成はどうかとかね。社員の方も、親近感が出てくるんですよ
昔はこの人間社会に特別な秘訣がありませんでしたね。自己をあるがままにさらけ出し、相互に信頼を勝ち取る。あとは各論の問題ですからね
ロビンソン・クルーソーのように一人島で暮らす場合、せいぜい魚を何匹釣ったといった程度ですが、社会というのは人間の集団です。その人間の集団の中で仕事をしようとすれば、大勢の仲間が協力して初めて5倍、10倍の力になる。その原動力はともに心の通い合う人間の「友愛」なんですね。いまご紹介があったように、私が引き受けた会社は、第一次大戦で破産した会社ですからね。社員は13名。文字通りの中小企業なんですよ
私は、経営というのは簡単で一時的に相手の信頼を得たりするような便利な言葉を使っても、これは永い目で見ると押し通せるものではありません。やはり、永い時間に耐えるものは「真実」、「誠実」これにつきますね
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永野 重雄(ながの しげお、1900年7月15日 - 1984年5月4日)は、島根県松江市生まれ、広島県広島市南区 (広島市) 南区出汐育ち。新日本製鉄会長などを歴任し、日本財界の雄として活躍した日本の実業家。戦後日本を代表する経済人の一人。位階 正三位勲一等旭日桐花大綬章。広島大学附属小学校―広島大学附属中学校・高等学校 広島大学附属中学校―第六高等学校―東京帝国大学法学部政治学科卒業。 瀬戸内海、広島県呉市沖に浮かぶ下蒲刈島、浄土真宗西本願寺派の名刹、弘願寺。開基は今から480年前、室町時代の1525年(大永五年)、源氏との壇の浦の戦いに敗れた平家の武将、永野小佐衛門がこの地に落ちのび名を常浄と改め、元行寺という浄土宗の廃寺跡に弘願寺を建立した。途中寺族が途切れたようだが、永野重雄の父、法城は11代目を継ぐ宿命にあった。が、明治初期の激動期に寺を出奔して上京、大學南校(東京大学の前身)で法律を学び裁判官となった。法城は島根県浜田市を振り出しに、松江市、岩国市、山口市と中国地方の裁判所で判事生活を送ったのち、職を辞し広島市中町(現中区 (広島市) 中区中町) で弁護士事務所を開業した。重雄は10人兄弟の次男として松江に生まれた。だが、実際に育ったのは広島のため、終生広島出身と押し通した。
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