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正岡子規の名言35件

自個の著作を売りて原稿料を取るは少しも悪き事に非ず。されどその著作の目的が原稿料を取るといふ事より外(ほか)に何もなかりしとすれば、著者の心の賤(いや)しき事いふまでもなし。
巧を求むる莫(なか)れ、拙(せつ)を蔽(おお)う莫れ、他人に恥ずる莫れ。
為すべきと思ひしことも為し得ぬこと多く、為すべからずと信ぜしこともいつかはこれを為すに至ることしばしばなり。
人は器械にあらず。また禽獣にもあらず。
世間恐るべきは猛獣毒蛇にあらず壮士暴客にあらずただ勉強家と沈黙家と謙遜家とのみ
何でも大きな者は大味で、小さい者は小味だ。うまみからいうと小さい者の方が何でもうまい。
窮して而(しこう)して始めて一条の活路を得(う)。始めより窮せざるもの却(かえ)って死地に陥り易し。
家庭の教育は知らず知らずの間に施されるもので、必ずしも親が教えようと思わない事でも、子供は能(よ)く親の真似をしている事が多い。
世の中の重荷おろして昼寝かな
美しき花もその名を知らずして文にも書きがたきはいと口惜し
見る所狭ければ自分の汽車の動くのを知らで、隣の汽車が動くように覚ゆる。
悟りということは、いかなる場合にも平気で死ぬことではなく、いかなる場合にも、平気で生きていることである。
病床六尺、これが我が世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。
生きている限り、人間はすべてを奪われることはない。
悟りとは如何なる場合にも平気で死ねることではない。如何なる場合でも平気で生きていくことだ。
六月を綺麗な風の吹くことよ
良句もできるが、駄句もできる。しかし、できた駄句は捨てずに書きとめておかねばならない。自分のつくった句を粗末にして書きとめておかぬひとは、とてものこと、一流の作者にはなれない。
たとえ、漢語で詩をつくるとも、西洋語で詩をつくるとも、はたまたサンスクリット語でつくるとも、日本人が作った以上は、日本の文学であることに間違いない。
死ぬまで、ひっこむわけにはゆかない
あせっちゃ、ならんぞな。
悟りといふ事は、如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた
病気の境涯に処しては、病気を楽しむという事にならなければ生きて居ても何の面白みもない。
悟りとは平気で死ぬことではない
希望の零となる時期、釈迦はこれを涅槃といひ耶蘇はこれを救ひとやいふらん
『墨汁一滴』
いくたびも雪の深さを尋ねけり
病床にて
人に希望は初め漠然として大きく、後漸く小さく確実になるならひなり
『墨汁一滴』
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた
『病状六尺』
文章は簡単ならざるべからず。最も簡単なる文章が最も面白きものなり
人の希望は、初め漠然として大きく、後、ようやく小さく確実になるならびなり
黙ってこらえているのが一番苦しい。盛んにうめき、盛んに叫び、盛んに泣くと少し苦痛が減ずる
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正岡 子規(まさおか しき、慶応3年9月17日 (旧暦) 9月17日(1867年10月14日) - 明治35年(1902年)9月19日)は俳人・歌人・国語学研究家である。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。 俳句・短歌・新体詩・小説・評論・随筆など多方面に渡り創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人である。死を迎えるまでの約7年間は結核を患っていた。享年34。辞世の句「ヘチマ 糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」「をとゝひのへちまの水も取らざりき」より、子規の忌日9月19日を「糸瓜忌」といい、雅号の一つから「獺祭(だっさい)忌」ともいう。
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