名言info

織田大蔵の名言50件

人間この世に生まれて、好きなことをやって、しかも美味い物を食べ放題に食べられるなんて、こんな楽しい幸せなことはないじゃないか。幸福になるためには、理屈は別に、やっぱり金が必要なんだ。
貧乏してみなければ、貧乏人の苦しみはわからない。金持ちになってみなければ、金持ちの気持ちはわからない。貧乏人から見た金持ちは、さぞかし毎日が楽しさの連続だろうと考えるが、実際はそんなものではない。俺も貧乏人の時代はそう思っていたが、金持ちになってみると、中身は違うけれど苦労があることにはかわりない。
金を追いかけているときは、金の方が逃げていく。もう金はいらないと思うと、金の方からやってきて、自然に金が貯まっていく。金のないときは金が欲しくて苦労し、金が貯まってくれば、またそれなりの苦労が増える。世の中とはこんなものだ。
あれもこれもに手を出す奴は、器用貧乏といって、大きな金儲けはできない。人間的にも大成はしないだろう。小さな儲けは、小さい者にくれてやれ。小さい儲けを見つけて、あれも欲しい、これも欲しいでは、大きな儲けが逃げてしまう。
セールスの技術を身につけたからといって、それだけで品物が売れるわけではない。磐梯山の頂上で品物の講釈をしてみたところで始まらぬ。買ってくれるお客がいないからだ。いくら優秀な商品をつくっても、山村、寒村の人たちを相手にしていては、売れたとしても高が知れている。商略上もっとも大切なことは、魚のいるところで、投網(とあみ)を打つということだ。
人の集まる場所の地価が高いのは、それだけの価値があるからだ。土地が安いからといって魚のいない郊外で商売をやろうとしても、必ずその商売は失敗する。
事業家に必要なことは、柔軟な姿勢だ。いつまでも、変化に即応する態勢がなければならぬ。いささかもメンツや世評にこだわってはならない。事業家は馬鹿のひとつ覚えであってはならない。
実業家は、信州商人のように、服装も地味に、商売のことをよく勉強し、経済のことだけ語るようにしないと大成しない。政治の話にうつつをぬかし、本業の商売は部下任せ。こんなことでは、信州商人に食われてしまうのは当たり前だ。
事業家の本当の働きができるのは50代からだ。それまでは準備期間だ。健康で長生きしなければ大事業は完成しないものだ。早く死んでは事業家になれない。
人には、その立場立場で、人を使う立場になったり、人に使われる立場になったりする。人を使うことも難しいが、使われ方も難しい。
世の中に、役に立たぬ無駄なものというものはひとつもない。要はそういう考え方を持てるかどうかだ。悪いと思ったことがいいことばかりになって返ってくる。くよくよせずに、また世の中が楽しくなってくる。この考え方を持つべきだ。この考え方に立てば常に平気で世に処せる。平気でいればこそ、無限にいい知恵が湧いてくる。
会社に事件が発生しても、平気な顔をして、にこにこと落ち着いているのがあったら、それはものになる人物だ。しっかり見極めて、将来、重要なポストに据えることだ。事業家の片腕になれるのは、そういう人物でなければならない。逃げ腰になって、辞めるという者は、辞めさせろ。決して止めたりするな。
事件は起きないに越したことはない。しかし、事業をやっていれば、大なり小なり、いろいろな事件が起きる。それを、ひとつひとつ乗り切ることによって、事業家としての成功がある。楽は苦の種、苦は楽の種だ。
成功者というものは、貧民窟からしか出ないのではないか。貧乏人の子供は何にもないところに育っているから、欲しいものも手に入らない。欲しいものは自ら働き、知恵、創意工夫でつくり出して手に入れるほかはない。
弱い者につけこむ奴には、こちら側も強く高飛車に出なきゃだめだ。
事業を拡張するにもカネがない。自分の金では足りないから見送ってしまう。これでは事業家として大成しない。人の金を使うのだ。大企業と提携してもいいではないか。乗っ取られるなどと心配するな。そんな小さい了見だから大きくなれないのだ。
治にいて乱を忘れず。少しばかり調子が良くなったと思って、驕り高ぶっていると、人間というものは、たちまちにしてつまずく。昔の苦しかったことを忘れないようにして、常に心をひきしめ、非常時に備えるということは大事なことだ。
昔の苦しかったことを忘れないために、俺はいまでも握り飯持参で会社に出てきている。握り飯を食べながら、昔をしのび、これからのあり方を考える。これが事業家の心構えというものだ。
責任とはとるものではなく、果たすものだ。「辞表をふところにして」という言葉は、カッコイイが、辞表さえ出せば何もしなくてもいいというものではない。辞表を出して責任をとるというが、それは責任を果たしたことにはならない。むしろ無責任だ。サラリーマンなら、それでもよいだろう。事業家はそんな甘いものではない。
安定している場合は、ある程度民主的方法でもやれるだろう。だが、乱世になればなるほど、英雄が待望されるように、激動の時代にも英雄的経営者が必要とされる。事業家は、もっとワンマンにかえれ。イエスとノーをはっきり言えなければ、事業家たる資格はない。大将として落第だ。
人を使う場合、大事なことは中庸ということを心がけさせることだ。不偏不党ということで一方に偏らないで中道を歩かせることだ。若い者はとかく血気にはやり、ひとつのことに熱中する。若いときはそれぐらいの元気があってよいが、上に立つ者はその道に外れた者を絶えず真中に戻してやらなければならない。片方に偏ってしまうと大局を見ることができなくなる。
確かに「事業は人なり」ではあるが、だからといって単純に、力量のある人物、野心のある人物を会社にいれればいいのかというと、そういうものではない。中小企業なんかは、なまじ小才の利く人間より、一歩一歩努力していく人間集団の方が強くなれる。
明治生まれのこの俺でも、若いときは年配者から「近頃の若い者は…」と、ずいぶん批判されたり、叱られてきたものだ。江戸時代でも、戦国時代でも、その前の時代にしてもいつの時代でも、年寄りと若い者の間には大きな隔たりがある。それはそれでいいじゃないか。
恩情で人を動かす「心服」というものもあるが、ときに、厳罰を加える「威服」の効果も知らなければならない。経営者が常に厳然と、支配者としての怖さを見せつけておかないと、なめて付け上がってくる。
事業家は政治家などになるものではない。政治家を使う立場になることだ。
子供には、いい嘘と悪い嘘があることを、小さいときから教え込んでおかなければいけない。いい嘘というのは、相手の立場に立って、相手への思いやりが込められているから許されるのだ。いい嘘もつけないのは正直ではなく、馬鹿正直といって世間を渡っていけぬ奴だ。
日本人というのは極端から極端に走る性質があるので、すぐに右か左か、白か黒か、自分なりにのみこんで色分けしてしまう。何でも簡単にレッテルを貼ってしまう。事業家として、一面的見方や考え方しかできないようでは、この戦国時代を乗り切れない。一面的な見方、考え方でなく、本音を見抜ける能力を身につけなければならぬ。
名誉職は引き受けるな。先祖の自慢はするな。事業家は事業で生きよ。この心がけを忘れてはいけない。少しばかりの寄付で、名前を売り込むようなさもしい根性を持つな。
会社に事件が発生し、非常事態になったとする。このときぐらい人を見分ける絶好のチャンスはない。人というものは、平穏無事のときには、なかなかその尻尾を出さない。ところが、いったん火災とか、取引先の倒産、大きな交通事故、会社の乗っ取り、国税局の査察など、いろいろな大事件や非常事態が発生すると、どうしてもその人間の地金が出る。付け焼刃はすぐはがれてしまう。
クジラ取りに南氷洋を目指している船が、途中でイワシの大群を見つけたからといって、そのイワシに関わっていたのでは、クジラなど取れるものではない。クジラを取りに行く船ならクジラ取りに徹して、イワシなどに目をくれてはならない。大きいことを成そうとする者は、小さいことに気をとられてはいけない。
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