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佐藤一斎の名言36件

総(すべ)て事業をなすには、ぜひとも天意に従う敬虔(けいけん)な心を堅持することが肝要である。功を人に誇示し、自分の存在を社会に認めさせようとする気持ちがあってはいけない。
経験浅い者には諭(さと)せ。人のなかには時々さほど重要でない事を持って来て話す人がある。そうした時には、自分はいつも威張って先方を侮(あなど)る態度になりがちであるが、これは大変よくないことである。その人はまだ経験も浅く、そのために急でないつまらぬ事を大切な事と思いこんでいるのである。そのような時には、穏やかな顔をし、色々喩(たと)を引いて諭してやるのがよい。威張った態度で彼に応対することは、自分の徳を損なうことになる。
老人は多くの人が仰(あお)ぎ見て、敬いしたがう所のものであるからして、その言語や動作は益々端正にしなければならないし、その意気は益々壮大でなければならない。
今時の老人達は、むやみに年をとったといって、自分を役に立たぬすたれ者としてそれに満足している者がおるかと思うと、いまだに少年達がするような幼稚なことしかしない者がいる。それらは宜(よろ)しくないことである。
たとえ他の人が自分を裏切る行ないをしても、自分はその人を見捨ててはならない。そして、他の人からそむかれた原因を十分に反省し、自分の人間をきたえ、みがく材料にするのがよい。このようにすれば、私にとって利益となる。どうして敵視する必要があろうか。すこしもないのだ。
言葉というものは、必ずしもその多いとか少ないとかということを問題にする必要はない。ただ、その言葉が時と場所において適切中正であることが大切である。そうであれば、聞く人は言葉の多いことを別にいやに思わない。
人我に背(そむ)くとも、我人に背かず。
昨日を送りて今日を迎え、今日を送りて明日を迎ふ。人生百年、かくの如きに過ぎず。
富人を羨むこと勿(なか)れ。かれ今の富は、安(いず)くんぞ其の後の貧を招かざるを知らんや。
一燈(いっとう)を提(さ)げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ。ただ一燈を頼め。
われまさに人の長所を見るべし。人の短所を見るなかれ。
愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿者になれ。
愚か者の鈍さは利口者の砥石です。
老人の自らの養ふに四件有。曰く和易、曰く自然、曰く遺遥、曰く流動、是れなり。諸々激烈の事皆害有り。
少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず。
春風(しゅんぷう)をもって人に接し、秋霜(しゅうそう)をもって自ら粛(つつし)む。(=春風接人、秋霜自粛)
老人は、多くの人々を包み入れる度量をもち、才能のある者を育成することをその志とすることが最もよい。
学んだなら自ら実行し、問うたら自分の心に反省自修することが肝心である
一度決めたことは簡単な方法で処理すべきだ
人は須らく快楽なるを要すべし。快楽は心に在りて事に在らず
閑想客感は、志の立たざるに由る
口先だけで人を論そうとする者には誰もついてきてくれない。先頭に立って実行すれば、人は見習ってはくれる。しかし、道徳をもって感化すれば、人は自然に服従してくれるものだ。
少にして学べば壮にして為すことあり壮にして学べば老いて衰えず老にして学べば死して朽ちず
春風を以て人に接し、秋霜以て自ら粛(つつし)む<意味>人に対するときは、春風のように穏やかで和やかな心、伸びやかで寛大な心で接し、自分に対するときは秋の霜のように鋭く烈しく厳しい心で律していかなければならない。
昨の非を悔ゆる者はこれあるも、今の過ちを改むる者は鮮し。
人我に負くとも我人に負く勿れ。
言志後録
人の言は須らく容れて之を択むべし。拒むべからず。又惑ふべからず。
言志録
人の賢者は初見の時に於てこれを相す。多く誤らず。
言志録
生はこれ死の始め、死はこれ生の終わり。生ぜざれば則ち死せず、死せざれば則ち生ぜず
順境は春の如し。出遊して花を観る。逆境は冬の如し。堅く臥(ふ)して雪を看(み)る。春は固(も)と楽しむ可(べ)し。冬も亦(また)悪(あ)しからず
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佐藤 一斎(さとう いっさい、1772年11月14日(安永元年10月20日 (旧暦) 10月20日) - 1859年10月19日(安政6年9月24日 (旧暦) 9月24日))は、江戸時代後期から幕末期にかけての儒学者。名字は佐藤、諱は担。通称は捨蔵。号は一斎のほか、愛日楼。 安永元年10月20日(1772年11月14日)、美濃国岩村藩士の次男として生まれた。1790年から藩の家臣として仕えたが、まもなく林述斎から儒学を学び、1793年に昌平坂学問所に入門する。1805年には塾長に昇進した。その後は儒学の大成者として幕府から認められ、儒学者の最高権威として崇められた。幕府の儒官だったため、朱子学が専門であるがその広い見識は陽明学まで及び、仲間から尊敬をこめて『陽朱陰王』と呼ばれた。門下生は6000人と言われ、一斎から育った弟子として、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠らと、いずれも幕末に活躍した人材たちがいる。また、一斎は常に時計を持ち、時間厳守を第一とする厳格な性格の持ち主であった。
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