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西田幾多郎の名言42件

世の中には、往々、何故(なぜ)に宗教が必要であるか、などと尋ねる人がある。しかし、かくの如(ごと)き問いは、何故に生きる必要があるか、と問うのと同一である。
涙をもってパンを食うた事のない人の人生観は、いかほど価値のあるものであろうか。
苦悩なき者は深き精神的趣味を理解することは出来ない。
物を知るにはこれを愛せねばならず、物を愛するにはこれを知らねばならぬ。
物を知るには、これを愛さねばならず、物を愛すには、これを知らねばならない。
真摯(しんし)に考え、真摯に生きんと欲する者は、必ず熱烈なる宗教的要求を感ぜずにはいられないのである。
何故(なぜ)に宗教が必要であるか──かかる問いを発するのは、自己の生涯の真面目ならざるを示すものである。
宗教は己の生命を離れて存在するのではない。その要求は、生命そのものの要求である。
人間というものは時の上にあるのだ。過去というものがあってわたしというものがあるのだ。過去が現存しているという事が又その人の未来を構成しているのだ。
生命なき事業はヴァニチー(虚栄)であり、生命なき道徳は偽善である。
罪悪、苦悩は人間の精神的向上の要件である。
人間は神にもなれずさりとて悪魔となりて満足することもできず、つまり五里霧中に彷徨する哀れな生物である。
愛とは知の極点である。
人は人吾(われ)はわれ也とにかくに吾行く道を吾は行くなり
ただ一つの思想を知るということは、思想というものを知らないというに同じい。
知識に於(お)いての真理は直ちに実践上の真理であり、実践上の真理は直ちに知識に於いての真理でなければならぬ。
一事を考え終わらざれば他事に移らず、一書を読了せざれば他書をとらず。
善とは一言で言えば人格の実現である。
知と愛とは同一の精神作用である。
善とは一言にいえば人格の実現である
衝突矛盾のあるところに精神あり、精神のあるところには矛盾衝突がある。
愛とは、知の極点である。
知は愛、愛は知
愛は統一を求むるの情である。自己の統一の欲求が自愛であり、自他統一の欲求が他愛である。
世の中に絶対的の悪といふものはない。悪はいつも抽象的に物の一面を見て全貌を知らず、一方に偏して全体の統一に反する所に現はれるのである。悪がなければ善もない。悪は実在の成立に必要なる要素である。
善の研究
知は愛、愛は知である。
善の研究
我々が物を愛するといふのは、自己をすてて他に一致するの謂である。
善の研究
社会の中にいる個人が各充分に活動してその天分を発揮してこそ、始めて社会が進歩するのである。個人を無視した社会は決して健全なる社会といわれぬ
善とは自己の発展完成であるということができる。即ち我々の精神が種々の能力を発展し円満なる発達を遂げるのが最上の善である。竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である
美とは物が理想の如くに実現する場合に感ぜらるるのである。理想の如く実現するというのは物が自然の本性を発揮する謂である。それで花が花の本性を現じたる時最も美なるが如く、人間が人間の本性を現じた時は美の頂上に達するのである
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西田 幾多郎(にしだ きたろう、明治3年4月19日 (旧暦) 4月19日(1870年5月19日) - 1945年(昭和20年)6月7日)は、日本を代表する哲学者。京都大学教授。京都学派の創始者。 現在の石川県かほく市に、西田得登 寅三の長男として生まれる。西田家は江戸時代には十村制 十村(大庄屋)を務めた豪家だった。若い時は、肉親の死、学歴での差別(東京大学における選科への待遇)、妻との一度の離縁など、多くの苦難を味わった。そのためか、大学を出た後は故郷に戻って中学の教師となり、同時に思索に耽った。その頃の考えが温まって、最も著名な著書、『善の研究』(弘道館、1911年1月)に繋がった。同書は、旧制高等学校の生徒にとって必読書であった。
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