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ヘルマン・ヘッセの名言190件

我々がある人間を憎む場合、我々は彼の姿を借りて、我々の内部にある何者かを憎んでいるのである。自分自身の中にないものなんか、我々を興奮させはしないものだ。
孤独は独立だ。私はそれを望み、長い年月をかけて獲得した。それは冷たかった。しかしまた静かであった。星のめぐる冷たい静かな空間のように、驚くほど静かで偉大だった。
本をほとんど読まず、読書が何であるかを知らず、チャイコフスキーとベートーヴェンを区別することが出来ないような女性を、1時間以上愛することは全く不可能だ。
いたることろで生命が待っており、いたるところに未来が花を咲かせている。なのに我々はいつもそれをほとんど見もしないで、その多くを絶えず足で踏みにじっている。我々は、いたるところでつねに殺人を犯しているのである。
(我々は)学校では何百というばかばかしい戦闘の年号やこっけいな国王たちの名前を覚え、新聞では税金やらバルカン半島やらについての論説を毎日読んでいながら、人間のことは、何も知らない。
いったい、私たち人間は死をなくすために生きているの? いいえ、私たちは死を恐れ、そしてまた死を愛するために生きているのよ。死ぬってことがあればこそ、わずかばかりの命がほんのひとときのあいだあんなに美しく輝くことがあるのよ。
どこかで夜、花火があげられるときほどうつくしいものを、ぼくは知らない。(中略)それをながめていると、喜びを、そして同時にまた、すぐに消えてしまうのだという不安をいだく。それが結びついているから、花火がもっと長くつづく場合よりずっと美しいのだ。
一枚の花びら、あるいは道の上の一匹の小さい虫が、図書室全体のすべての本よりはるかに多くを語り含んでいる、とぼくは思います。文字やことばでは何も言うことはできません。
(苦難から)逃げてはいけない。文句を言ってはいけない。恐れてもいけない。それを愛しなさい。苦難の本質を味わいなさい。全力で取り組みなさい。嫌がってはいけません。苦しいのは逃げているからです。それ以外ではありません。
弱さや不自由さならともかく、苦しみを捨てようなぞとは思っていません。むしろ僕は、苦しみと喜びは同じ源から来るものであって、同じ力の働きであり、同じ音楽の拍子であるということを感じたいのです。そしてどちらも美しく必要だということを。
山や川、木の葉、根や花など、自然界のいっさいの形成物は、私たちの内部に原型を持っており、永遠を本質とするところの魂から発している。私たちはその魂の本質を知らないが、それはおおむね愛の力や創造者の力として感じられるのである。
自分の小さい運命は何ら特別なものでも、残酷な例外でもないこと、彼が幸福だと見ていた人たちも、のがれがたい運命の支配を受けていることを、彼は突然さとった。
しあわせな子どもの歌を歌う、好感は持てるが感傷的な男は、自然に、純真さに、はじめに帰りたがっているが、子どもはけっして幸福でないこと、子どもだってたくさんの戦い、たくさんの分裂、あらゆる苦悩を持ちうることを、すっかり忘れてしまったのだ。
ソナタの長調から短調への移行、神話あるいは礼拝の変化、古典的芸術上の形式はすべて、真の冥想的観察によれば、世界の秘密の内部へ通じる直接な道にほかならない。
いちばん強くふしぎに思ったのは、死にさからいながら、自分が小さくみじめで脅やかされていることを自覚しているにもかかわらず、死にたいする最後の自暴自棄の戦いにおいて生命のあの美しい恐ろしい力と粘り強さを自分の内に感じたことであった。
私たちにとって、ことばは、画家にとってパレットの上の絵の具が意味するところのものと同じである。ことばは無数にある。そして絶えず新しいことばが発生する。しかし、良いほんとのことばはそれほど多くはない。
人は年を取ると青年時代より満足している。だが、それだからといって私は青年時代をとがめようとは思わない。なぜなら、青春はすべての夢の中で輝かしい歌のようにひびいて来、青春が現実であったときよりも、いまは一段と清純な調子でひびくのだから。
彼の道は、円形を描いて進んだ。楕円形、あるいはラセン形、あるいは他のどんな形であったにせよ、直線形でないことだけは確かだった。直線は明らかに幾何学にだけあるもので、自然や生活にはなかった。
恋愛のことを語るとなると──この点で私は生涯、少年の域を脱しなかった。私にとって女性に対する愛は常に、心をきよめる思慕であった。私の憂愁から真っすぐに燃えあがった炎であり、青い空にさしのばされた祈りの手であった。
地上の現象はすべて一つの比喩である。すべての比喩は、魂が、用意さえできていれば、そこを通って世界の内部へはいることのできる開いた門である。その内部へ行けば、君もぼくも昼も夜も、すべては一体なのである。
夜ふけに戸外に出て、無言な空の下で、静かに流れる川のほとりを歩くのは、いつも神秘的で、魂の底をかき立てるものである。そういうとき、私たちは自分の本源に近づき、動物や植物との血縁を感じ、太古の生活のおぼろげな追憶を感じるものだ。
野の花は、そぞろ歩きながら絵画的な快感をもって緑の大地の中の色彩の島としてそれをながめる場合には、ひざをつき、からだをかがめて一本一本それを見て、いちばん美しいものをさがして摘む場合とは、まったくちがって見えるものである。
彼は自由でなくなり、定住してしまった。もはやワシでもウサギでもなくなり、家畜になってしまった。外を歩きまわれば、新しい放浪と新しい自由よりも、過去のにおいや、かつてのさすらいの記憶を求めた。
幸福を体験するためには、何よりも、時間に支配されないこと、同時に恐怖や希望に支配されないことが必要だ。
憂うつは人を病気にするばかりでなく、ひとりよがりに、近視眼的に、いや、高慢にさえする。それが憂うつの悪魔的な点である。
私はもはや快楽と憂苦とを区別しなかった。それは互いに等しく、どちらもが私に苦痛を与え、どちらもが甘美であった。
(人生における)稲光の瞬間的な明るさは非常にすばらしく慰めを与えてくれるので、その幾秒かは幾年もの闇をぬぐい去り償うことができるのである。
私には人間の生活というものは深い悲しい夜のように思われる。それはときおり稲光でもきらめくのでなかったら耐えられないものであろう。
死は私たちの賢いよい兄弟であって、潮時を心得ているのだから、安心してそれを待っていればよいのだ。
弱い、不安に満ちた、ひしがれた人間の魂が、運命に打ち勝ち、それを制することができる。
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colspan="2" 受賞年: 1946年 colspan="2" 受賞部門: ノーベル文学賞 ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse, 1877年7月2日 - 1962年8月9日)は、ドイツの作家。エストニア系の家系で、ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州のカルフ(Calw) に生まれる。 神学校に通っていたが逃げ出し、さまざまな職業につきながら作品を発表する。テュービンゲンの本屋で店員をしていた話は有名で、その店にはヘッセ本コーナーも出来た。風景や蝶々などの水彩画もよくし、南ドイツの風物の中での穏やかな人間の生き方を画いた作品群の他に、彼の絵を添えた詩文集は、今でも人気がある。三度目の妻はニノン・アウスレンダー(旧姓ドルビン)。7歳の頃、宣教師である父のつてで新島襄に会う。
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