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堤康次郎の名言43件

ごまかし、曖昧さ、ウソというものは一度は通じても二度三度は通じない。仮に、相手を騙す気が無くても、騙されたと思わせるような曖昧な態度だけは、断じて取ってはならない。
(戦前、度重なる失敗の中での言葉)自分は世の中に生きている値打ちのない人間なんだ
(大阪の肥料会社にリン酸肥料の代理販売を頼みに言った時)私は社長に面会を求めると「滋賀県ではこの効果のある肥料をまだ誰も使っていません。私に滋賀県の一手販売をやらせてください」と申し込んだ。私としては人のためにもなるし、自分も儲かるし、と内心大いに得意の着想だったわけである。すると阿部さんは私の申し出を聞いて、あいた口がふさがらないといった表情である。最も考えてみると、驚くのが当たり前、私は当時やっと15歳の子供であった
(多くの事業に手をだし失敗した当時を振り返っての発言)俗に「かさけと自惚れのないものはない」というが、人一倍自惚れの強い私も、度重なる失敗にもはや精根尽きた。堤の家を立派にしてくれと慈愛の権化のように私を育ててくれた祖父に申し訳ない気持ちでいっぱいだった
(大学生時代を振り返り)私は学校へ出ないかわり、ノートとか参考書の類は実によく読んだものである。ノートなどは5日間くらいはわずかの間に読めるので、毎日毎日学校に行って、先生の言うことをただ筆記して帰るよりは、この方法がはるかに時間が有効だ。これが私の主義だった
私は本年の2月、大達長官から糞尿の輸送をしてくれと言われた時には、これは実に困ったと思いましたが、大達長官の熱心さに感激して引き受けてからは、実に愉快にやっております。私は人生は一つのドラマだと思います。自分に合った仕事をしなければならん。これを適材適所と申します。
(辞表を出してきた数名の社員に対して言った言葉)糞尿のような仕事と言うが、己は汚なくなって人を綺麗にすることで、これくらい高尚な尊い仕事はない
西武は数千人の小人数で、家族的に纏まっているからうまくいく。国鉄のような大きな所帯は、私は統卒すべき器ではありません。そんな柄にもないことをやったら世の中の笑いものになる。まして私は追放中の身です
世の人は糞尿は臭い、汚いと言うが、しかし美人の腹の中にも糞尿はある。外へ出せば汚いが、腹の中に密閉しておくからなんともない。糞尿を密閉した貨車で送って、外気に触れないで処理すれば何でもない筈だ。所沢の農場で、尿と糞とを仕分けして、尿はパイプで畑の中へ送る。これで野菜を作ってまた腹の中へ還元する。これを繰り返すことが天地の理法に適ったやり方だと思った
それまでに経験した失敗は、人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ
叱ることは大切な教育である。叱られることが貴重な経験である
私は20歳代の時には、儲かりそうな仕事に見境なく飛びついた。そしてことごとく失敗した。30歳代に入ってようやく目は覚め、今度は人のやらぬこと、人のやれぬことのみをやった。それで成功したのである
すべて成功するには、失敗の原因を外に求めず、己れに求めることが大切である
もうけようと考えたのがいけない。この世の中のために少しでもできるだけのことをしようという奉仕の心だった。そして最初に考えたのが、不毛地の開発事業であった
私に言わせれば、煩悶のないことが、養生の秘訣である
相手を騙す気が無くても、騙されたと思わせるような曖昧な態度だけは、断じて取ってはならない
私は三十歳になるまで、百事百敗、何をやっても大した成功はおさめなかった。だます人間をあまりにたくさん相手にしたからである。しかし、今になると、これが私のたいへんな得になっただますことは一ペンコッキリだ。あとが絶対通用しない。そのうえ、十を得たところで百を失い、千を失う。元も子もなくす損な生き方だ。そこへいくと、だまされるのは生来の馬鹿でないかぎり、それによってたいへん知恵がつき、用心深くなる。二度と再び失敗せぬように警戒する。それがあとでどれだけの得になるか、測り知れない。だまされるのが利口でないまでも、だます方はよほどの大馬鹿ということになる
人のやらぬこと、人のやれぬこと、やはりそれを自分自身の頭で考え出してやらねばウソだ。しかも、それが金儲けのための金儲けでは、決してモノにならない
(26歳で土地を購入した時に区長に言った言葉)私は大隈重信の秘書をやっております。こんど別荘地をつくりたいから、この区の中で100万坪を売ってください
(土地開発に関する理念)日本が発展すれば中産階級が台頭し、リゾート地の需要が大きく高まる。だから中産階級が使えるリゾート地を開発することは、国のためになるのだ
私の死後10年間は新しい事業に手を出すな
(家憲)事業に役人の古手を連れて来ることは最もよくない。役人気質で事業は成り立たない。〜 中略 〜 役人気質は日々生死の境を行く真剣な事業家のなす処ではない
「みながやるから自分もやる」ということで、無理をしてまで仕事をしようとするな
全員が賛成したら、その計画は危ない
(事業を失敗した時の言葉)二十歳で体のかっこうは一人前になるが、判断力は五歳ぐらいの子供にすぎない
一番得意だったのは浜口内閣の時にやった予算の討論だ。私は田中内閣の業績と現内閣のそれとを比較して政友会を大いに攻撃した。しまいには政友会側はすっかり憤慨し、鳩山一郎君などはあんな演説を聞くとなぐりたくなるねと議席から演壇の途中まで出てきたそうだが、よせよせあいつは強いからといって引戻されたと新聞に書いてあった。当時は鳩山君も元気だったものだ
(息子・清二に対し語った言葉)家庭だけは複雑にするなよ
景気の良い時は抑えろ、不景気の時に動け
人のやらぬこと、やれぬことのみをやった。
自分は生きている値打ちのない人間だとまで思った。思い悩んだ末に考え付いたのが「儲けようと考えたのがいけない」ということだった。自分は儲けなくてもいいから、この世のために少しでもできるだけのことをしようという奉仕の心だった。
様々な商売に手を出すも、ことごとく失敗したのちの発言
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堤 康次郎(つつみ やすじろう、1889年3月7日 - 1964年4月26日)は、日本の実業家、西武グループの創業者。また政治家で第44代衆議院議長を務めた。(堤が事業を始めたのは、政治資金を作るためであったが、それが日本有数の企業グループにまで発展した。)日米関係重視、道路建設の重要性にいち早く注目するなど、その後の戦後日本政治の主流思想の嚆矢だということも出来る。 実弾(現金)を打ちまくることから、「ピストル堤」と揶揄されたこともあった(実際にピストルで撃たれたこともあり、これには諸説ある。堤本人は、自分が撃たれたのであり、撃つほうでないから「ピストル堤」というあだ名はおかしい、と言っている。)。五島慶太(強盗慶太)との東急対西武戦争でライバルとも言われた。1958年滋賀県大津市初の名誉市民となる。身長180センチを超える巨漢であり、柔道の有段者(6段)であった。正三位勲一等旭日大綬章。
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