名言info

ニーチェの名言396件

人が自分のよからぬ性質や悪徳を隠そうがあからさまに打ち明けようが、結局いずれの場合にも彼の虚栄心がその際得をしたがっている。誰の前でああした性質を隠し、誰の前で正直に率直になるかということを、彼がいかに巧妙に使い分けるか、よく気をつけてみるがいい。
独創的――何か新しいものを初めて観察することではなく、古いもの、古くから知られていたもの、あるいは誰の目にもふれていたが見逃されていたものを、新しいもののように観察することが、真に独創的な頭脳の証拠である。
職業はものを考えないようにさせる。そこに職業の最も大きい恵みがある。なぜならそれは、ごくありふれた疑念や憂慮に襲われるとき、誰はばかることなく蔭に引っ込むことのできる防壁だからである。
学者や芸術家との交際においては、評価を反対に誤ることがよくある。注目すべき学者の背後に凡庸な人間を、また、凡庸な芸術家の背後にしばしばきわめて注目すべき人間を見ることが希ではない。
ある事柄をまったく深く捉える人々は、いつまでもその事柄に忠実であることは稀である。彼らはまさしく深みを光に晒したのである。そこにはいつでも具合の悪いものが沢山見当たる。
あなたがたは高められたいと願うとき、上方を仰ぎみる。だがわたしはもう高みにいるから、下方を見下ろす。あなたがたの誰が、高められて、しかも同時に哄笑(こうしょう)することができるだろうか?最高の山頂に立つ者は、すべての悲劇と悲劇的厳粛を笑うのである。
医者よ、あなた自身を助けなさい。そうすれば、あなたはあなたの病人たちをも助けることになる。自分自身を癒す者を、目の当たりに見ることが、病人の何よりの助けになるようにすれば良い。
勇気は笑いたいのだ……。
「文化国家」とは、近代的観念にすぎない。一方は他方を食っていき、他方は一方の犠牲において繁栄する。文化のすべて偉大な時代は、政治的には没落の時期である。
笑いながら、厳粛な事を語れ!
(創造者の道を行く)君は、君自身を愛し、君自身を軽蔑しなければならぬ。
たくさん入れるものが人にあれば、一日には百ものポケットがあるものだ。
少なくとも一回は踊らない日は、失われた日だ。
善人と呼ばれている人の生きる条件は「虚偽」である。
記憶が言う。それをしたのは私だと。自尊心が答える。そんなことをこの私がするはずはないと。
昼の光に夜の闇の深さが分かるものか。
世界は深い。昼が考えたより深い。
アンチテーゼは好んで誤謬が真理に忍び込んでいくときに通る狭い門に他ならない。
道徳とは個人における畜群本能である。
復仇は、みずから呼んで「刑罰」となす。それは、一つの虚言をもって良心のやましくないことをよそおうものだ。
人の性質は、永久に前に進めるわけではない。引き潮があり、差し潮がある。
社会主義は老いぼれきった専制主義の空想的な弟で、これを継承しようとしているのである。
人々はなんらかの不潔なことを考えることを恥としないが、この不潔な考えが彼らのものだと言われていると感じると恥じる。
ものの始めを探すことで、人間は蟹になる。歴史家は後ろ向きにものを見る。ついには後ろ向きに信ずるようになる。
我々が不意にある事柄について問われた場合に思いつく最初の意見は、一般に我々の意見ではなく、我々の階級・地位・素性につきもののきまり文句にすぎない。
決定的なものは「是が非でも」の上にしか打ち立てられない。
自分の意見を隠すか、さもなければ、その意見の陰に自分を隠すか、そのいずれかがよい。
英知は知識にすら制限を加える。
ひとを罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな!
同情を表示するのは軽蔑のしるしと感じられる。同情が示されると、直ちに相手の怖れの対象でないことがはっきりするからである。
396件中1-30件を表示
次のページ ▶
『フリードリヒ・ニーチェ』より : フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、ドイツの哲学者・古典文献学者。後世に影響を与えた思想家。随所にアフォリズムを用いた、巧みな散文的表現による哲学の試みには文学的価値も認められる。 ニーチェは1844年10月15日にドイツ(当時はプロイセン)・ザクセン州ライプツィヒ近郊の小村レッケンにルター派の裕福な牧師で元教師の父カール・ルートヴィヒと母フランツィスカの子として生まれ、同じ日に49回目の誕生日を迎えた当時のプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世 (プロイセン王) フリードリヒ・ヴィルヘルム4世にちなんでフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェと名付けられた(ニーチェは後にミドルネーム「ヴィルヘルム」を捨てている)。1846年には妹エリーザベト・フェルスター=ニーチェ エリーザベトが、1848年には弟ルートヴィヒ・ジョセフが生まれているが、ニーチェが5歳の時(1849年)、頭の怪我が原因で父親が早世。それを追うように1850年には2歳の弟ヨーゼフが病死。これを機に、ニーチェ一家はレッケンを去り、近郊のナウムブルクへ転居し、ニーチェはここで母方の祖母や父方の叔母たちと同居することになる。
ランダム
中根東里の名言10件 ボブマーリーの名言82件 吉行淳之介の名言19件 ウィリアム・サムナーの名言4件 いとうせいこうの名言12件 田中啓一の名言7件 牛窪恵の名言5件 ハリー・トルーマンの名言12件 牧野克彦の名言8件 村上春樹の名言338件 沢柳政太郎の名言1件 西口彰の名言1件 バーバラ・デ・アンジェリスの名言3件 亀田興毅の名言1件 スタニスラウ・レックの名言1件
ランダム表示
世界の偉人・有名人の名言集・格言集まとめサイト!
仕事、恋愛、努力、スポーツ、アニメ等の心に残る有名なひとこと、英語名言、語録多数収録!
名言info