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マキャヴェリの名言115件

加害行為は一気にやってしまえ。長期に渡って相手を被害状態に置かないように配慮すれば、それだけ相手を怒らせないですむ。これにひきかえ、恩恵を与える場合は、たっぷり相手に味わってもらうように小出しに与えよ。
国家が貧しくして貧弱な褒美しか出せないとしても、賞を出すことをためらってはならない。どんなささやかな褒美でも、善行に対する表彰として与えられるなら、それを受け取る側にとっては、栄誉ある最大の贈り物として重んぜられることであろう。
長い間、私は自分が信じていることを口にしたことがないし、自分の言うことを信じたこともありません。ごく希に、うっかり本当のことを言ってしまった時は、嘘を沢山ついてそれを隠すようにしています。
何かを成し遂げたいと望む者は、それが大事業であればあるほど、自分の生きている時代と働かなければならない状況を熟知し、それに合わせるようにしなければならない。
およそ人の頭脳には三通りある。第一は自分で判断をつけるもの、第二は他人の考えが判(わか)るもの、第三は自分でも判らず、他人の考えも判らぬもの。第一はもっとも優れ、第二も善く、第三は無能である。
戦争とは、君主の唯一の研究課題である。君主は平和を息継ぎの時間、軍事上の計画を立案して、実行に移す能力を身につける暇を与える時間とみなさなければならない。
運命の神は女神である。だから、これを支配するためには、なぐったり突いたりする必要がある。冷静に事を処理する人よりも、どうもこうした人にもっとよく従うものであるらしい。
次の二つは絶対に軽視してはならない。第一は、寛容と忍耐をもってしては、人間の敵意は決して溶解しない。第二は、報酬と経済援助などの援助を与えても敵対関係は好転しない。
どれほど困難が控えていようとも、表面的に得になりそうなら民衆を説得するのは難しくない。反対に有益な政策でも、表面的に損になりそうな場合は民衆の賛同を得るのは大変困難である。
人間の行う行為を見れば、いかに完璧を期そうとも、必ずなにか不都合なことを引きずっているものである。なぜなら長所は必ず、短所をともなわないではすまないからだ。
恐れられるより、愛される方が良いのか、それとも、愛されるより、恐れられる方が良いのか。どちらかを選ばねばならないとしたら、愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である。
戦いを避けるために譲歩しても、結局は戦いを避けることは出来ない。なぜなら譲歩しても相手は満足せず、譲歩するあなたに敬意を感じなくなり、より多くを奪おうと考えるからである。
名将と凡将との差は、作戦能力の優劣よりも、責任観念の強弱によることが多い。
へつらい者を避けるには、賢い側近を選び、その者たちだけに直言させよ。
戦いは、大軍を投入して短期間に勝を決せよ。
当初は疑わしく見えた人物のほうが、元々信頼していた人物よりも忠誠心があり、より役に立つということを知っておくべきである。
凡人は大局の判断を誤るものである
協約は、相手の力が弱まると同時に放棄されるのが当然である。
君主が思慮深い側近に全面的に仕事を委(ゆだ)ねた場合、目を放した隙(すき)にその側近が政権を奪うから、その君主の統治は長続きしない。
イエスマンをペストと考えよ。
巧妙すぎる人材登用は猜疑心を生む。
残酷さが臣下や市民の利益になるよう転換できた場合、それは残酷さが上手に使われたということである。
人をたぶらかす技は、生きていくうえで必要不可欠である。
中傷は確固たる証拠や証人なしにはびこり、留まる所を知らないほどに広がる。従って、中傷する者には厳しい罰を与えなければならない。
二人の優秀な指揮官より、一人の凡庸な指揮官のほうが、よほど有益である。
残酷さが小出しにされ、時が経つにつれて度を増していく場合は、残酷さが下手に使われるということである。
新秩序の導入は、旧制度下で上手くやってきた者すべてを敵にまわすことになる。
人間は憎しみだけでなく、恐怖に駆られても相手に危害を加えようとする。
才能がいかに優れていようと、その人が死んでしまえば全てが終わりである。
結果さえ良ければ、どんな手段も正当化される。
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『ニッコロ・マキャヴェッリ』より : マキャヴェッリ(Niccolò Machiavelli, 1469年5月3日 - 1527年6月21日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家である。代表作に、『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考』『戦術論』など。理想主義的な思想の強いルネサンス期に、政治を宗教、道徳から切りはなして現実主義的な政治理論を創始した。 1469年 フィレンツェに生れる。 : この頃フィレンツェ共和国は、ロレンツォ・デ・メディチの死(1492年)、メディチ家の追放(1494年)、サヴォナローラの神政政治を経て、サヴォナローラ失脚・処刑(1498年)という大きな変動の時代であった。 1498年 共和国政府の第二書記局長になる(~1512年まで)。10人委員会に出向。
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