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土光敏夫の名言193件

やり甲斐(がい)、働き甲斐は、やってみてはじめて出てくる。やりもしない、働きもしないで、どうしてそのような喜びが得られるだろうか。生き甲斐にしてもそうだ。精いっぱい生きる努力をして、はじめて生きる喜びを知るのだ。
物事を成就させ成功させる力は何か。能力は、必要な条件であっても十分な条件ではない。十分な条件とは、その能力に、起動力、粘着力、浸透力、持続力などを与える力である。そのような諸力を私は執念とよびたい。
経営は「ああいう風にやれ、こういう風にやれ」と遺言を書いてわたすようにして引き継ぐのはよくない。何もいわなくても立派にやっていける。そういう人間を養成しておくことが大切だ。
これからは、ビジネスの中に、宗教が入っていかなければならない時代になったと思う。トップが決断するときに、自社の利益だけを考えて決断したら、エゴむき出しの社会になってしまう。エゴだけではいけない。無私にならなくては、よい決断はできるわけがないのだから、どうしても、宗教が必要になってくる。
(私たちのまわりには)ごくわずかだが「火種のような人」がいる。自らカッカッと炎を発し燃えている人だ。その人のそばにいると熱気が伝わってくる。職場をグイグイ引っ張っているのは、そんな人だ。
仕事には節(ふし)というものがある。仕事の節は一日ごとにつけていきたい。朝職場に入った時に今日やるべき仕事が、もうちゃんと決まっている。それを全部果たすことによって今日の仕事が終わる。仕事を中途半端に残して家路につくいやな気持ちは、誰しも心覚えがあるはずだ。
人間鑑別の秘訣は真剣勝負をくり返すことだ。わしは毎日、人間に会って真剣勝負をしているから、これはどれくらいできるか、これは口ほどにもない男だ、と見分けられる。一種の動物的カンみたいなもので、自然にわかるようになる。
「面壁九年」。この言葉にあやかり、私は「面壁一生」であってよいと思う。仕事の上であろうと生活の下であろうと、一生かけて毎日のようにカベを見つけて破ってゆくところに、人生の進歩があると信ずる。
会議の効果と時間の長さには何の関係もない。問題のポイントはそう多くはあるものではない。肝心かなめの急所を押さえれば、そんなに時間がかかるはずがない。幹部が職場の椅子を長くあけるのは罪悪である。
問題や摩擦は、組織成長の芽であり、組織が生きて若々しく動いている証拠である。それを前向きに受け止め、建設的に解きほぐしてゆく中でのみ、組織はダイナミックな成長をとげる。
私は“管理者”という言葉を好まない。管理者はまず自分を管理せよ。そうして、部下のひとりひとりが自分自身の管理者になれるよう、モチベーターの役割を果たすのが、明日の部課長の姿である。
よく報告するという行動は、仕事の質を高め、仕事のスピードを早め、成果をあげることに通じるのである。
思考と行動は相互作用を積み重ねながら成熟していくもので、その中から生きたアイデアが生まれてくる。行動は思考の芽を育て伸ばす触媒なのだ。
問題を見つけ問題を作り出せ。問題がなくなったとき組織は死滅する。
能力とは「自信の高さと幅」だといえる。自信を一つ一つ積み上げることが、能力を獲得する道である。執念の欠如する者には、自信を得る機会が与えられない。
物事をとことんまで押しつめた経験のない者には、成功による自信が生まれない。
最大の説得力は実践だ。
遊んでいて金がもらえるような仕組みを放置する経営はむしろ罪悪である。
人間は百の能力があれば、百二十の働きを要求することによって創造性を高める。精一杯生きる喜びを知る。これがほんとうの人間尊重経営である。
「きょう一日を精一杯生きよう」と、毎朝誓うのが私の人生信条である。
責任ある仕事が部下を発奮させる。
社長のために会社があるのではない。会社のために社長がいるのだ。
時代は激しく変化しているんだ。社会そのものも、それに対応して進まなければならない。
前へ進んでいれば必ず行き詰まる。その壁を突き破れ。
(能力が)50%の人間に100%の仕事を与えよ。それがその人の能力向上にもなるし、進歩にもなる。
「カベという問題」を毎日、見つけ、押し、破っていけば、そこに進歩がある。
最後の責任はトップが取る。幹部は勇気を持て。
六十点主義で即決せよ。決断はタイムリーになせ。決めるべきときに決めないのは度しがたい失敗だ。
現場の幹部がその決定をスピーディーに行えないのは、完璧を求めようとするからだ。
社員はこれまでより三倍頭を使え。重役は十倍働け。社長はそれ以上に働く。
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土光 敏夫(どこう としお、男性、明治29年(1896年)9月15日 ~ 昭和63年(1988年)8月4日)は、昭和時代のエンジニア、実業家、財界人。第4代経済団体連合会(経団連)会長。岡山県名誉県民。従二位勲一等。 明治29年(1896年)9月15日、岡山県御津郡大野村(現在の岡山市)に肥料仲買商 土光菊次郎、登美の次男として誕生。母登美は、日蓮宗に深く帰依した女性で、女子教育の必要性を感じ、昭和16年(1941年)にほとんど独力で横浜市鶴見区 (横浜市) 鶴見に橘学苑を開校した程の女傑であった。校訓を「正しきものは強くあれ」とし、土光は母の気性を強く受け継いだ。 土光は、関西中学(現 関西高等学校 関西高校)を卒業後、代用教員をしながら1浪して、東京高等工業学校(現在の東京工業大学)に入学。大正9年(1920年)東京高等工業学校機械科を卒業後、東京石川島造船所(後に、石川島重工業)に入社した。大正11年(1922年)タービン製造技術を学ぶため、スイスに留学する。昭和11年(1936年)芝浦製作所と共同出資による石川島芝浦タービンが設立されると技術部長として出向し、昭和21年(1946年)に社長に就任した。
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