名言info

魯迅の名言57件

(私の)葬式の為に誰からも一文でも受け取ってはならぬ…ただし親友だけはこの限りにあらず。
(死んだ)私の事を忘れて自分の生活に構ってくれ…でないと全く阿呆者だ。
以前、私は情熱を傾けて支那(しな)の社会を攻撃した文章を書いた事がありましたけれども、それも、実は、やっぱりつまらないものでした。支那の社会は、私がそんなに躍起(やっき)となって攻撃している事を、ちっとも知りやしなかったのです。ばかばかしい。
ある種の人々が、偉人だとか小人物だとかいうのは、自己のために利用できる効果の濃淡について言っているのだ。
「文芸は革命の先駆だ」といいたがるが、まず軍隊があってこそ革命はできるので、およそ革命の行われたところは、いつも軍隊が真っ先にやってきたのだ。
他人を傷つけながら報復に反対し、心の広さを主張する者、こんな人間には決して近づいてはならぬ。
思い出というものは、人を楽しませるものではあるが、時には人を寂しがらせないでもない。
心は、外から刺激を受けないと、枯死するか、さもなければ、萎縮してしまう外はない
「人生」の長い旅を行くとき、よくぶつかる二つの大きな難関がある。第一は、「分れ道」である。……第二は、「行きどまり」である
むかし景気のよかったものは、復古を主張し、いま景気のよいものは、現状維持を主張し、まだ景気のよくないものは、革新を主張する。
天才なんていない。僕は他人が休んでいる時間も仕事をしていただけだ。
最後の勝利は、喜ぶ人々の数にあるのではなく、どこまでも進撃する人々の数にある。
いかなる暗黒が思想の流れをせきとめようとも、いかなる悲惨が社会に襲いかかろうとも、いかなる罪悪が人道をけがそうとも、完全を求めてやまない人類の潜在力は、それらの障害物を踏みこえて前進せずにはいられない。
人類というのは寂しいものではない。楽天的なものだ。生命は進化するのだから。
隠居することも飯を食う道だ。仮に飯を食うことができなければ、<隠れ>ようにも隠れきれるものではない。
且介亭雑文二集-隠士
猛禽・猛獣は弱い動物を餌食にするから残忍だといえるが、彼らは「公理」とか「正義」の旗をふりかざしたことはなく、むしろ犠牲者のほうが食われる瞬間まで、彼らをもっぱら崇拝・賛美しているのだ。
朝花夕拾-犬・猫・鼠
暴君の臣民は、ただ暴政が他人の頭上で暴れるのを望む。そして自分自身はそれを眺めて面白がり、「残酪」を愉しみ、「他人の苦しみ」を見せ物とし、慰めとする。
随感録-熱風
暴君の専制は人を冷ややかに嘲るものにし、愚民の専制は人を死相にする。
草蓋集-ふと思いついて
ジョン・ミルは言った。「専制は人々を冷笑者にする」と。だが、共和制は人々を沈黙者にすることを彼は知らなかった。
而己集-小雑感
皇帝と大臣は「愚民政策」をとるし、人民にもまた「愚君政策」がある。
華蓋集続編-皇帝について
沈黙しているとき私は充実を覚える。口を開こうとすると、たちまち空虚を感ずる。
野草-題辞
専制者の反面は奴隷である。権力を握っているときは好き勝手なことをするが、勢いを失うと、たちまち百パーセントの奴隷根性を発揮する。
南腔北調集-諺
主人となってすべての他人を奴隷にする者は、主人を持てば己れが奴隷に甘んずる。
諺語
生命の酪は進歩への路だ。生命は死を怖れない。死の面前でも、笑いながら、踊りながら、滅びる人間を踏み越えて前進する。
彷徨-傷逝
「父母の命、媒酌の言」による旧式結婚…のもとでは、男は永遠かつ終身の生きた財産を獲得する。彼女には値段を交渉する自由もない。
准風月談-男の進化
偉人が化石になり、人々が彼を偉人だと称賛するときになると、彼は傀儡になっているのだ。ある種の人々が、偉人だとか小人物だとかいうのは、自己のために利用できる効果の濃淡について言っているのだ。
草蓋集続編-花なきバラ
造物主に非難すべき所があるとしたら、神があまりに無造作に生命を作り、あまりに無造作に生命を壊す点だろう
予言者、すなわち先覚者は、つねに故国に容れられず、また同時代人からも迫害を受ける。大人物もつねにそうだ。かれが人々から尊敬され、礼賛されるときは、かならず死んでいるか、沈黙しているか、それとも眼前にいないかである
もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば それが道となるのだ
夢はいいものです。そうでなかったら、お金が大事です
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魯迅(ろじん、簡体字表記:鲁迅、ピンイン: Lǔ Xùn 1881年9月25日 - 1936年10月19日)は中国の小説家、翻訳家、思想家。本名は周樹人(ピンイン:Zhōu Shùrén)で字は豫才。ペンネームの魯は母親の姓(中国では、結婚しても姓を変えない。)だという。浙江省紹興市出身。4歳下の弟にやはり文学者・日本文化研究者の周作人がいる。代表作に『阿Q正伝』、『狂人日記』など。 1904年9月から仙台医学専門学校(現在の東北大学医学部)に留学する。当時は日露戦争の最中であり、学校で戦争報道のニュース映画を観る機会があった。その中ではロシア軍スパイの中国人が日本人によって、間諜(軍事スパイ)として処刑され、さらに同胞である中国人が処刑される様を喝采して見物する姿があった。それを見て、中国人を救うのは医学による治療ではなく文学による精神の改造だと考えたのだという。(『吶喊自序』『藤野先生』)
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