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植木義晴の名言43件

僕は高校を卒業後、パイロットに憧れて航空大学に入り日本航空に入社しました。パイロットの仕事を心から誇りに思い、「自分の一生の仕事」と決めておりましたので、パイロットを辞めて運行部長にならないかとオファーをいただいたときは「役員をお受けするか、会社を辞めてパイロットを続けるか」で三日間悩みました。当時の日本航空は破綻直後で、法的整理によるイメージ悪化などにより二次破綻必至と盛んに騒がれていたときでした。先がまったく見えず社員全員が苦しんでいるのに、「パイロットを続けたい」という己の都合だけで会社を去るのは卑怯な気がして、「操縦桿を置こう。会社を二度と破綻させないこと、それが次の人生の目標にしよう」と決意し、運航本部長を引き受けました。
最近は数字の結果だけを見て、「会社更生法を適用すれば誰でも利益を上げられる」という声も聞きますが、そのたびにリストラで辞めていった仲間の顔が浮かび、その無理解にやり切れない思いをしています。
リストラのさなか、稲盛(和夫)会長に「やっぱり苦しいです」と打ち明けたことがあります。それに対し「君の大義はどこにある。残った社員とその家族の生活を守ることが、君に与えられた大義ではないのか。大義をしっかりと背負ったとき、人間は本当に強くなれるんだよ」と言われ、沈んだ心が鼓舞されました。目先の理屈や情にとらわれるのではなく、何を志して役員になったのかをもう一度考え直さないと。
我々は、会社を辞めていった人ばかりでなく、破綻の過程で金融機関や株主様をはじめ多くの方々にご迷惑をおかけいたしました。「お詫びと感謝」、それは社員全員が一生忘れることはありません。まだまだ日本航空は道半ばですが、再建を実現することで、ご迷惑をおかけした皆さま、心ならずも会社を去っていった方々の気持ちに応えること、それが僕の大きな責務だと考えています。
会話の話題はやはり本から仕入れるよりも、自身の経験に即したものにこそ説得力があります。それでも会話が途切れたらどうするか……、ペットもいいでしょう。例えば猫。わが家にも3匹いますから、相手がその話に乗ってきたらしめたものです。
会議で疲れ切った後、休憩室で話していると議論に新しい視点が加わることは結構あります。会議では発言しにくかったことも、ほっと一息ついて、気兼ねなく話せるからでしょう。
再建の最中、稲盛(和夫)会長に「やっぱり苦しいです」と打ち明けたことがあります。そんな私に「君の大義はどこにある。残った社員とその家族の生活を守ることが、君に与えられた大義ではないのか。それをしっかり背負ったとき、人間は強くなれるんだよ」と諭されました。沈んだ心が鼓舞されたのを、昨日のことのように覚えています。
稲盛(和夫)会長に予定がないときは部屋に入ってもいいとされていますが、遠慮して誰も行こうとしません。ドアが閉まっているとやはり入りにくいので、一度、部屋のドアを外してのれんにしてくれませんかと提案しましたが怒られました(笑)。それでも私は、一人で入っていってわからないことは「わかりません」と伝えて教えてもらいます。他の役員にも「行け!」と尻を叩いているんです。
私たちが入社した頃は、非常に厳しいパイロットもいました。なかには、ちょっと気に障ったら大変という本当に怖い50代の機長もいました。でもそういう方は、後輩に対して強い情熱を持っている。だからこそ厳しいのです。そこから逃げたらおしまい。懐に入っていかなければいけない。一度入ると、もう結構ですと言っても面倒を見てくれます。そんな関係の中で様々な技術を学びました。
パイロット時代、海外でのステイの際に、自分の部屋で睡眠をとってもいいのですが、時差の関係で夜中に目が覚めてしまうこともあり、よく機長の部屋に集まりました。ベテラン機長は、たいがい雑談のプロでした。いまでも彼らが話してくれた経験談が役立っています。いわば耳学問ですが、そういう場で教えてもらったことは一生忘れません。
どれだけ準備をしても、想定外のことは起こります。そのとき、それまでに何度も思考を重ね、問題を解決してきたプロセスが役に立つ。何千回、何万回も繰り返してきたからこそ、想定外の事態が起こっても、ごく短時間で最善の判断を下すことができる。
私は後輩のパイロットたちに「最初の5年間は新しい知識をどんどん頭に入れなさい。5年たったら頭の中を整理してファイリングしなさい。それが10冊になったとしたら、2年後には2冊に減らしなさい」と指導してきました。たいていの人は知識を増やしたがります。でも、本当に頭の良い人は、知識を削ぎ落とすことができます。シンプルに自分を作り替えることができた人だけが、適切な判断や素早い決断ができるのです。
知識をそぎ落とすにはコツがあります。たくさんある知識の中から共通項を探し、自分なりの「ルール・オブ・サム」を作るのです。たとえば、いくつかの空港へのフライトを行なうとして、それぞれの空港に複数の滑走路があれば、数百通りもの進入経路・方式を頭に入れなくてはいけない。でも、すべての空港に共通するルールをひとつ作ってしまえば、どの空港にも応用できる。ただ知識を頭に放り込むだけでなく、それをもとに思考を掘り下げる作業をするから、「これを基準に判断すればいい」という一本の幹のようなものが自分の中にできるのです。
パイロットは自然を相手にする仕事で、中でも最もフライトに影響するのが風です。そして、風と闘うパイロットは、良いフライトはできない。風に抵抗せず、その中で漂いながら、上手に軌道修正していけるのが優秀なパイロットです。こうした素直さこそ、変化の激しいビジネスの世界を生き抜くためにも必要なことだと、今は確信しています。
4年半前にパイロットから執行役員として経営陣に加わったときには、財務三表すら読めませんでした。本やネットなどで一生懸命に勉強しましたが、ただ知識を頭に入れるだけではなかなか理解できません。そこで客室本部長や整備本部長も僕より多少知っている程度だろうと思い、数人の役員を誘って土曜、日曜に当時話題になっていた本のタイトルからとって、「サルでもわかる会計講座」と名付けた初心者向けの勉強会を始めました。もちろん、財務や経理の実務担当者に追いつけるわけではありませんが、財務三表から何を読み解き、どのように経営に生かせばいいのか判断ができるようになりました。
僕がよく経営幹部に話すのは、「数字から数字をひねり出すな」ということです。あるロジックのもとに需要予測の数字を算出するだけならば、コンピューターに任せておけばいい。しかし、正しい数字をもとに経営するには、その数字に経営者の考え、意思を込める必要があります。マクロな経済動向からその年の大きなスポーツイベントのようなものまで、様々な要素を加味して需要予測を立てますが、それは既存のロジックをもとにコンピューターで計算しただけです。そのダイレクトな数字に、経営者として考えた自分の意思を落とし込み、反映させることが重要です。
厳しいリストラなどが控えているのに、会社を置き去りにして、自分だけ逃げていいのか。悩んだ末に、JALを立て直すために働こう、それを人生の新しい目標にしました。操縦桿を置くことに納得し、「どんなことがあってもこの会社を二度と潰さない。そのためには自分はこれからの人生を邁進する」と固く心に決めました。
JALの経営破綻後、パイロットを辞めて執行役員になってほしいと打診されたときを振り返っての発言
運行部長になった途端、目の回るような忙しさとプレッシャーで、感傷に浸るヒマはありませんでした。どうやったら、二度と会社を潰さないで済むのか、そのことで必死でした。
長年やってきたパイロットを辞めて地上で働くことになったことについて語った言葉
部門別採算制度はわりとスムーズに社内に浸透していきました。やはり業績が順調に上がっていったからでしょう。毎月の業績報告会で配られる資料の最後に、年度末の利益予想が出ています。これが月を追うごとにあがってくる。こうなると楽しくなってきます。1年目も2年目も上振れでこれたので、社員みんながその楽しみを知ることができました。初めて数字を追うことの楽しみを知ったといってもいいでしょう。
いままでのJALであれば「フィロソフィ(哲学)」と言われてもバカにしていたでしょうが、破綻を経験し、以前のやり方では駄目なことはわかっていたので、びっくりするくらい浸透していきました。実践の場でも、皆どんどん吸収していきました。
厳しい合理化策を実施するときも、二度と会社は潰さないという信念は変わらないものの、心は揺れました。そのときに、稲盛会長の「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」という言葉が身に染みました。非情でも大善をなすべきだと、鼓舞されました。
私は「会社を蘇らせる」という大義を背負うことで、迷いが吹っ切れました。
私が副操縦士によく言っていたのは、「十分な準備をしたうえで操縦席に座ったら、その瞬間に準備したことは忘れなさい」ということです。矛盾しているかもしれませんが、前日までの勉強や準備にしがみついていると、いざというときに適切な対応ができなくなります。なぜなら、どんなに準備したところで、運協業務が自然を相手にしたものである限り、シナリオ通りには進まないからです。万全の準備を施したことで、「何でも来い!」とどっしりと構える。そうすることで、突発的なアクシデントにも気持ちに余裕をもって対応できるものです。
雑音は気になりません。すべて自分の責任だと思っていますから。そもそも自信がなければ社長就任の話は受けないし、自信がなくて受けるのは社員に失礼ですから。
最も避けなければならないのは、トラブル発生時に解決策を決められずに時間だけが過ぎてしまうことです。あるいは、完璧を目指そうとするあまり、決断までに時間をかけすぎてしまうことです。
JALのフィロソフィーには、次のような一文があります。「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」。この言葉にこそ、どんな状況にも動じず、平常心を保つための心構えが示されていると思います。
会社の経営破綻後に経営陣に加わってからの2年間は必死でした。どうやってこの会社を守っていくのか、どうやって社員を守っていくのか。社長就任までの準備があったとすれば、走り続けたこの2年間が、自然と準備期間になっていたのかもしれません。
私が心を砕いたのは、20人ほどのJALの経営陣を、経営再建に向けてどうやってひとつにまとめていくか。まずはこの20人がひとつにならずして、会社がひとつになれるわけがありません。
目標に向かって全員で協力して進んでいくためには、この会社が自分たちの会社であるという認識が不可欠です。経営破綻する前のJALは、優秀な人材は揃っていましたが、一人一人が傍観者だったり、評論家だったりして、何事にもどこか他人事のような空気があったように思います。
もっと自分たちの会社を好きになってほしい。自分たちの仕事に誇りを持てば、責任感も生まれ、一致団結して邁進できるはずです。
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