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福澤諭吉の名言67件

自由と我侭の違いは、他人の邪魔になるかならないかの違いだ。
天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず
道徳の教育は耳より入らず、目より入るものなり。
世の中で、一番美しいことは、すべてのものに愛情を持つことです。
自由を得た結果、不自由を感じている。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。
説明の一番いい方法は、自ら実例を示すことです。百回の説明も、一回の実例を示すことに及びません。
家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒、相互にかくすことなき一事なり。
周囲を見てごらんなさい。世界中、昔から今に至るまで、暗殺で事がうまくいき、世の中の幸福が増したという事例は、ひとつも見当たりません。
実なき学問はまず次にし、もっぱら学ぶべきは人間普通日用に近い学問なり。
人の表情は家の門のようなもので、広く人と交わって自由に客が訪れるようにするためには、まず門を開き、入口を掃除して打ち水をし、とにかく、来訪者が気持ちよく入れるようにすることが大切です。
読書は学問の術であり、学問は事業の術である。
貧富強弱の状態は、天が決めた約束ではありません。人間が努力するかしないかによって移り変わるもので、今日の愚人も、明日は知者ともなりますし、昔は富んで強かった人も、今の世では貧しい弱者にもなりましょう。
天寿を全うする者は、人の本分を尽くすものなり。
理論的に見込みがあれば試みるべきです。やってもみないで、まずその成果を疑うような人は、勇気ある人とは言えません。
江戸時代、寺子屋の教科書として使われた『実語教(じつごきょう)』という本に「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあります。つまり、賢人と愚人との違いは、学ぶか学ばないかによって決まるのです。
人生活発の気力は物に接せざれば生じ難し。
 仕事というのは、偶然できるものではありません。善い事も悪い事も、すべて人間のこれをやろうという意思があってこそできるのです。
心事高大にして働きに乏しき者は、常に不平をいだかざるを得ず。
楽の一方にだけ心を奪われ、俗に言う丸儲けしようとしては、丸損してしまうことを忘れてはならない。
人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり。
所詮、世の中の出来事は生き物と同じで、その動きを前もって予測することは不可能です。ですから、賢明な人であっても、案外愚かな失敗をする者が多いのです。
一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。
本日喜びの中にありながら、いつか悲しむ時のあることを忘れてはなりません。
人望はもとより力量によりて得べきものにあらず
望みがなかったら、世の中に仕事に励む人がいなくなってしまいます。明日の幸せが見えれば、今日の不幸を慰めることができます。来年の楽しみが見えれば、今年の苦しみを忍ぶことができます。
みだりに人を軽蔑する者は、必ずまた人の軽蔑を免るべからず。
生まれるということは死ぬということの約束であって、死も格別驚くことではない。
猿に見せるつもりで書け。俺などはいつも猿に見せるつもりで書いているが、世の中はそれでちょうどいいのだ。
学問の本質は、生活にどう活用するかということです。活用のない学問は、何も学問しなかったのと同じです。
世間の物事は、進歩しないものは必ず後退し、後退しないものは必ず進歩します。進歩も後退もせずに一か所にとどまっているものなどあるわけがありません。
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福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち、1835年1月10日(天保5年12月12日 (旧暦) 12月12日) - 1901年(明治34年)2月3日)は、明治期の思想家、東京学士会院初代院長。慶應義塾大学 慶應義塾創設者として、明治の明治六大教育家 六大教育家に数えられる。1984年~2004年の日本銀行券D号1万円札、2004年~のE号1万円札の肖像にも使用されているので時代を超えた人気者でもある。現代では「福沢諭吉」と記載される事が多い。なお「中村諭吉」と名乗っていた時期がある。 慶應義塾大学をはじめとする学校法人慶應義塾の運営する学校では、福澤諭吉のことを敬意をこめて「福澤先生」と呼ぶ。 1835年1月10日(天保5年12月12日)大坂堂島(大阪市北区 (大阪市) 北区)にあった豊前国中津藩(大分県中津市)の蔵屋敷で下級藩士福沢百助 於順の次男として生まれる。諭吉という名の由来は、儒学者でもあった父が『上諭条例』(清の乾隆帝治世下の法令を記録した書)を手に入れた夜に彼が生まれたことによる。父は大坂の商人を相手に藩の借財を扱う職にあったが、儒教に通じた学者でもあった。しかしながら身分が低いため身分格差の激しい中津藩では名をなすこともできずにこの世を去った。そのため息子である諭吉は後に「門閥制度は親のかたき」とすら述べており、自身も封建制 封建制度には疑問を感じていたと述べている。なお、母兄姉と一緒に暮してはいたが、幼時から叔父中村術平の養子になり中村姓を名乗っていた。後、福澤の実家に復する。
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