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中村修二の名言96件

自分を変えるチャンス、自分をのばすチャンスはいくらでもあります
周囲から見放されて無視されたときから、研究に集中できるようになる
苦労し、これなら大丈夫だと考えてやった実験が、何の役にも立たなかった時には、本当に心底がっかりする。自分の人生はこんな無駄な事の繰り返しで終わってしまうのかと、先行きに絶望してしまう。けれどもここで撤退していては、文字どおり何もできずに人生を終わってしまうのだ
組織の論理は捨てなければならない。組織は独創的な考え方をつぶすだけだからだ
不思議なもので、いつか決定的なアイディアが浮かぶと信じていれば、本当に浮かんでくるものなのだ
非常識をこそ、徹底的に実践してみることだ
会社の資金援助があって徳島の有名な英会話学校に通いましたが無駄でした。アメリカに着いて、経由地のアトランタ空港のアナウンスもまったく聞き取れなくて、搭乗時間が過ぎても呼び出されないからおかしいなと思ってゲートに行ったら「もう飛行機のドア閉まったよ!」(笑)。それくらい英語は全然わからなかったです
科学の世界では、博士号を持っていない人は科学者ではなくてエンジニア(技術者)なんです。つまり、学部卒・修士卒は「お助けする人」。月収も倍以上違います。博士課程の学生と教師だけで寄り集まっていたし、裏方扱いの私はディスカッションに呼んでもらえなくて、いつもカヤの外で黙々と研究するだけでした
私は今でも、アメリカ人同士のディスカッションには加われない。彼らがわぁーっと好き勝手しゃべると、正直お手上げです
つくづく日本の理系学生は日本語を捨てるくらいの覚悟で英語をやらなければ、日本のサイエンスは今後どんどん国際レベルから立ち遅れていくでしょうね
留学で得たのは、悔しさ。絶対に博士号を取ってやろうと。博士を取ってフロリダの学生を見返してやる。あほにされたんであいつらを見返してやろうと思いました。見返してやるというより、同レベルの科学者になってやるということ。それが研究の原動力になりましたね
カリフォルニアに渡る前夜、とにかく嫌だったのは英語の講義ですよ。緊張して気絶しそうでした。私は20年間会社員だったから、学生相手に講義したことがないうえ、博士課程を経験していない論文博士です。日本で講義するのでさえも緊張するだろうに、ましてやそれがアメリカで、博士課程で、しかも英語でしょ。最初の講義の思い出は…まずい講義やったなぁ(笑)。とにかく英語がまずいって落ち込みましたよね
日本の若者は国内に閉じ籠もっていないで、もっと世界を目指すべきだ
(青色発光ダイオード(LED)の開発でのノーベル物理学賞の受賞について)以前から取りたいと夢見ていた。自分の研究成果が評価されてうれしい
日本流の物事の進め方を無視して研究に集中したことが成功につながった
(カリフォルニア大教授への就任について)能力のある人がきちんと評価される米国の素晴らしさを実感し、日本との落差を再認識した
大企業に入るためエリート大学への受験勉強に明け暮れるだけでは、国内でしか生きられない人間になって当たり前だ
(日本の学生の海外留学が近年、減少していることについて)なぜ世界に目を向けないのか。日本を飛び出すファイトを抱き、国際標準を目指してほしい
文化や自然、道徳観など仕事以外の環境は全て日本がベスト。仕事ができない年齢になったら日本で暮らしたい
新しいものにチャレンジするとゼロからやり直しになるので、必死になって勉強します。すると、自分の能力が伸びる。そういう意味で、同じ会社にずっといたらダメだと思うんです。ベンチャーを5年置きに立ち上げていたら、そのたびに環境が大きく変わります。むしろ、自分の能力を磨くために、5年置きぐらいで会社を替えるべきです
これを言うと誤解されるんですけど、やはり仕事の対価は報酬だと思います。野球選手もいい成績を挙げれば報酬が上がるでしょう。サラリーマンだって、いい仕事をして成績を上げれば、相応の報酬を受けるべきです。日本の技術者は優秀なんですから
米国の課題は、ものづくりが苦手なことです。個性を伸ばす教育で、みんな違う人間をつくる。日本はみんな同じような人間を大量につくる教育ですから、グループで品質のいいものを作るのは得意です。米国人は、グループでの仕事が得意ではありません
米国には定年はないですからね。だから、「行けるまで」やります。研究は、今はもう学生や会社の若い人に任せています。私の役割は方向性を決めることです
まずは自分でベンチャーを起こせないか考える。日本で私が教わってきたのは、クイズ番組の問題のようなものに解答する試験勉強ばかり。それでいきなりベンチャーをやれと言ったって、できるわけないですよね
現在の米国は、ものづくりのほとんどをアジアに委託している。「アジアの中で日本はものづくりが最もうまい」と米国人は思っています。だから、米国人はものづくりに関しては、日本とコンビを組んでやりたいんです。日本人は、一番真面目ですから
方向性や体制づくりが一番大事です。もし、方向が違ったらいくらやっても結果は出ないですからね
日本の技術者は真面目で優秀です。問題なのは、ベンチャーについての知識が不足していることです。そこは教育の問題でしょう。米国では、小さいときからベンチャーやファイナンスなど、自立するための教育を受けている。だから、あまり大手企業に行こうなどとは思わないようです
ノーベル物理学賞には受賞分野の順番があるんですね。宇宙関係やベーシック理論などね。私の場合は固体物性。4~5年おきにこの分野の受賞がまわってくるんです。今年は私の分野。だから今年来なければ、もう来ないかな、と思っていました。製品化して21年経ってますから、これで来なかったらもうないかもしれないと弱気にもなっていました。ほかにも固体物性の候補はいますからね。しかも私の場合は製品化したのであって、そういう業績では来ない、やはり理論でなければ、とも思っていました
研究はいうなればギャンブル、宝くじと一緒ですよ。大抵は当たらないですよ!ギャンブルですから。でも、当たる確率が非常に低いようなことにチャレンジすれば、当たれば大きいんです
私はね、研究が得意なんですよ。ただ自己流で考えることが得意なんですね。非常に簡単なことですよ。研究のテーマとして人がやってないことを選んで、それを突き詰めて考えて考えて、あとはやるしかない!それ以外は特にないです
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中村 修二(なかむら しゅうじ、1954年5月22日 - )は、電子工学 電子工学者、博士 工学博士。 発光ダイオード#青色発光ダイオード 青色発光ダイオードや半導体レーザー 青紫色半導体レーザーの製造方法などの発明・開発者として知られる。 アメリカ合衆国のカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)教授(Professor of Materials & ECE, Director of Solid State Lighting & Energy Center)。愛媛大学客員教授。愛媛県西宇和郡瀬戸町 (愛媛県) 瀬戸町(現伊方町)生まれの大洲市出身(小学校時代に転居)。 徳島大学大学院工学研究科修士課程修了。修了時、京セラにも合格していたが、家族の養育の関係から、地元の日亜化学工業に就職。商品開発に携わった。 日亜化学工業社員時代に青色発光ダイオードの開発を社長に直訴し、会社から約3億円の開発費用の使用を許される。 米国・フロリダ大学に1年間留学後、日亜化学工業に戻り約2億円程度するMOCVD装置の改造に取り掛かるが、社長の交代等もあり研究の取り止めを求められた(著書より)。その後、青色発光素子であるGaN(窒化ガリウム)の結晶を作製するツーフローMOCVDを発明した。ツーフローMOCVDは通称404特許と呼ばれ日亜化学工業と特許権譲渡および特許の対価の増額を争った。
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